営業会議でひとり3億円という目標を言い渡されたマイクロ営業第一課。
足早に自席に戻る男性陣とは対照的に、美沙はどうしようもない焦燥感にみまわれていた。
営業に配属されたのは、つい先日のこと。3億円の売り上げ!? ムリムリ、絶対にムリ!!
大した知識も経験もないのだから。出来ないのであれば早めに伝えればいい。
「3億の予算ですが……私もでしょうか?」美沙は坂井の行く手をさえぎり、質問をした。
「そうですね、」
「ム、ムリです……」
「目標が高すぎるということですね。浅井さん、“ムリ”と言う前に、3億の予算を達成するためにどうしたらよいか、考えてみましたか?」
「えっ?」
「では浅井さん、明日の朝11時に、まだ一度も行ったことのない客先へ行くとして、どうやって11時までに訪問できるかを『考える』回数は、どれくらいでしょうか? 正確な回数はわからなくても、何度か考えますよね?」
「考えると思います」美沙は思わず口をとがらせた。
「まずはホームページで住所を調べ、路線案内で経路も調べることでしょう。そして実際に家を出てからも、何度も時計を確認し、11時までに到着すべく、意識的に『考える』でしょうね?」
「はい。遅刻するわけにはいきませんから」
「あたり前ですよね?」
「はい、あたり前です」
その言葉に坂井はうなずき、質問をつづけた。
「浅井さんは3億の予算を聞いたときに始めからムリだと思っていましたか?」
「……はい」
「始めから、ムリだと思っていたということは、どのように3億の予算を達成しようかと『考えた』回数は、ゼロということですね?」
えっ……。
「客先へ朝11時に訪問するケースで考えると、浅井さんは、何度も『考える』のです。これが、11時を過ぎてもいいとなると、意外と考えないものですが、絶対に到着をしなければならない場合、人は脳内でそれを達成できる方法をいくつも探るのです」
美沙は何も言い返せなかった。
「11時に客先に到着するためには、10時40分に最寄りの駅に到着しなくてはならない。10時40分に最寄りの駅に到着するためには、10時に電車にのらなければならない。10時の電車にのるためには、家を9時30分に出なければならない。これはあたり前ですよね」
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