日本の家族は本音を言わないダブルバインド
—— 『海街diary』は四姉妹の成長を軸に、いろんなテーマをふくんでいますよね。おふたりは、この物語からどんなことを感じましたか?
菅野よう子(以下、菅野) 私は、この四姉妹や家族の関係性って素敵だけど不思議だなって思いました。私の生まれ育った家族は、誰ひとり本音を言わない家庭だったから(笑)。
是枝裕和(以下、是枝) そうだったんですか?
菅野 でも、日本の家庭の多くがダブルバインドじゃないですか。世代もあるかもしれないけれど、家族同士で「バカ!」なんて言わないし、けんかもしない。でも、この姉妹は本音を言い合って傷つけあっても、夜には一緒にご飯を食べているような関係性でしょう。それは、私にとってファンタジーなんです。だから、ある程度の距離感をもって眺めていましたね。
—— 傍観者の目線だから、生まれた音楽もどこかクラシカルでファンタジックなんでしょうか?
菅野 そうだと思います。自分はこういう家では育っていない。決してひがんでいるわけじゃないけど(笑)、私のリアルではなく、まるで異国の人たちみたい。不思議で美しいものを見ているような気持ちで音楽を描きました。是枝さんはどう? こういう家庭だった?
是枝 僕もぜんぜん違う。
—— 是枝監督は、吉田秋生さんの原作マンガに惚れこんで映画化を熱望されたんですよね。これまでも監督は、家族がテーマの作品。中でも“親に捨てられた子供”の話が多かったのですが、本作もそうです。
是枝 そうですね。
—— 原作に惹かれた点も、そこだったんですか?
是枝 最初に惹かれたのは、父親のお葬式で訪れた山形の高台の場面。蝉時雨の中、四姉妹の影がひとつになった情景……。あの描写に惹かれたんですね。
—— 映画でもとても抒情的で美しい場面になっていました。
是枝 そこから読み進めて行くに従って、彼女たちはたしかに親に捨てられたけれども、決して被害者意識の中では生きていないんだなと気づいたんです。ホントは、もっとひがむ子がいてもいいし、引き取った四女をいじめる子が出てきても不思議じゃない。そこでドラマって作れるはずなんです。でも、(原作者の)吉田さんは、そうしなかった。たぶん、この作品の中で描きたかったのは、普通のドラマじゃないんだろうなと。
—— 普通のドラマじゃないと言いますと?
是枝 大きな事件を起こしたり、人間の悪い部分を見せて物語を盛り上げるわけじゃなくて。ここには、「人はこんな風にも生きられる」っていうことが描かれているんだなと。だから、ファンタジーと言えばファンタジーなんですよね。
菅野 憧れに近いファンタジーですよね。
—— たしかに、鎌倉の四季の美しさも、四姉妹のまっすぐさや絆の深さも、ありそうで今はもうないかもしれないものだなと。「こうあったらいいのに」「自分もこうありたい」という理想だなと感じました。
是枝 だから、やってみたいなと思ったんです。
過去を受け入れて、自分の居場所を見つける
是枝 あとは、時の流れとともに、四姉妹をはじめ、登場人物、それぞれが変化、成長していくのもいい。長女の幸(綾瀬はるか)の中にある母親の記憶とか、すず(四女、広瀬すず)の中の自分自身に対する感情とか。“許せる”っていうと言葉が強すぎるけれど、過去を受け入れられるようになっていく。
菅野 そう。最後まで“許す”には至りませんよね(笑)。でも、時とともに経験したことの文脈って変わるんですよ。 それもいっぺんにではなく、らせんをめぐるように変わって行く。
是枝 姉妹も、亡き父親のことを初めは「優しくてダメな人だったのよ」って言ってたのに、最後は「ほんとにダメだったけど優しい人だったのかもね」って思うようになった。一年かかっても、そのくらいの変化なんだよね。変わってないけど変わった。
菅野 梅の木が数センチ伸びたくらいの変化ですよね。ぱっと見ではわからないけれど、数センチでも、反対方向に伸びている。それは、ものすごい変化だと思う。
是枝 一周回るとちょっと違うところにたどり着いているっていう、その繰り返しが人生であり、時間がめぐることの豊かさなんでしょうね。メッセージと言う言葉はあまり好きではないけれど、“過去は変えられる”っていうメッセージが流れている原作だし、そのことを描く映画だと思ったんですよね。
菅野 この映画には、「ここにいていいんだよ」っていうセリフが出てきますけど、私は、そこを歌えたらいいなって思ったんですよね。人は誰しも不安定だし、傷ついた過去があるし、自分の存在価値に自信がもてない。だから、「ここに居ていい!」なんて言いきれない。私自身も、「ここに居ていいの?」「やっぱりダメかな?」っていう境目あたりを揺れながら生きているから……。
—— 音楽に愛されている菅野さんでも、自分の存在意義に惑うことがあるんですか?
菅野 それとこれとはあまり関係ないんですよ(笑)。私は根本的に不安定だし、いつでもギリギリのところで生きているほうだから。映画の中で日常を生きている人たちを通じて、少しでも「ここにいていい」っていうことが歌えるといいなと。誰に伝えるわけでもないけれど、少しだけ光の成分が増やせたらいいなって。
自分でもずっと観ていたくなる映画
—— 本作では、何気ない日常のシーンがたくさん描かれていて、観ていて豊かな気持ちになりました。
是枝 日常描写は大切にしましたし、そこから離れないようにしましたね。
菅野 四姉妹が少しづつでも変化ができたのは、日々をきちんと生きて、あらゆるものを感じ取ったからだと思うんです。特に長女の幸さん(綾瀬はるか)なんか、仕事しながらも掃除したりご飯を作ったり。そういう日常を決しておろそかにしないでやるんですよね。それってすごく大切なことだと思います。
是枝 ホントにそうですね。
菅野 人生が困難な時は頭に血がのぼって、日常のことがお留守になりがちですけど、そういう時ほど日常の営みが助けになると思うんです。たとえば、震災の後はみんな混乱していましたけど、毎日を生きるという行為を通じて戻ってくるものがあったなと。日々の雑事を繰り返すことで定点が定まってくる感じがあって……。この映画は、そういうのを丁寧に映像で掬い取っているので、“小さく大きな変化”がリアリティを持つんでしょうね。
—— 四姉妹の日常が懐かしくて切なくて。ずっと観ていたい、この世界に住みたいと思いました。それから、不思議なことに、自分の個人的な記憶や感情を呼び覚まされる感じもありました。
是枝 不思議ですよね。巧く行った映画は、観て取材に来た方が、質問ではなく、自分の人生の話をして帰るっていうことがあるんです(笑)。それって、映画がちゃんと届いているということなんだろうなと思います。それは僕のテクニックとかじゃない。きっと菅野さんとの関係性然り、いろんなことが巧くいった時に、そうなるんでしょうね。
—— これまでの是枝監督作品の流れをくみながらも、また、新境地の作品だなと感じました。
是枝 音楽もいつもの3倍は流れていますしね(笑)。
菅野 うれしいです(笑)。
是枝 説明できないけれど、作った僕もこの映画は大好きだし、ずっと観ていたいなって(笑)。自分がどうこうではなくて、この4人をずっと観ていたいなと思いながら撮っていたし、完成したものを観ても思います。それは幸せなことですよね。
(おわり)
構成:芳麗 撮影:渡邉有紀
『海街diary』(全国東宝系にて好評公開中)
監督・脚本:是枝裕和
原作:吉田秋生「海街diary」(小学館「月刊フラワーズ」連載)
音楽:菅野よう子
撮影:瀧本幹也
出演:綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず 他