小さな窓の隙間から差し込んできた太陽の光で目覚めると、僕のとなりで英里香がちょっとけだるそうにまどろんでいた。とても愛おしい。昨晩の感触がまだ僕の体に残っている。
僕たちは、また、セックスをはじめた。ふたりで体を求め合った。セックスは、男が女から奪うものではなく、お互いに分かち合うものだ。
時計を見るともう11時だ。
すこしだけしか開かない渋谷のラブホの窓から外を覗くと、出かけないと損をするような、とてもいい天気だ。
「すごくお腹すいたね」
「うん、ペコペコ」
シャワーを浴びて、僕たちは急いで身支度した。
昨夜のドレスをカバンに仕舞い、ラフなTシャツに着ていた。英里香は化粧をせずに、すっぴんのままだ。
すっぴんで歩いていると、テレビによく出ているモデルでも、誰からも気づかれなかった。
僕たちは、渋谷駅の近くのカフェで、おそい朝ごはんを食べることにした。
英里香は新鮮なトマトとスモークサーモンをはさんだサンドイッチ、僕は熱々のチーズがとろけるツナサンドを頼んだ。コーヒーポットから入れたばかりのほろ苦い香りのコーヒーに、たっぷりとミルクを注いだ。
おいしそうにサンドイッチをほおばりながら、英里香は聞いた。
「ところで、わたなべ君って、仕事は何してるんだっけ?」
◆
秋が終わりに近づき、夜になるとすこし肌寒い。夜の9時、僕はまだ事務所で仕事をしていた。
今日はガールフレンドと六本木のクラブに遊びに行く約束をしていたから、それまでに仕事をなるべくたくさん片付けておくことにしたのだ。
弁理士の仕事のいいところは、ほとんどの業務をひとりで進められることだ。ある程度の件数の出願や中間業務に関する書類を、一定以上のクオリティで作っていれば、早く帰っても、休暇を取っても、あまり文句を言われることはない。こういう日に仕事をたくさん片付けておけば、別の日には早く帰ってもいい。
今日は、中間業務の書類を作っていた。中間業務とは、出願した特許について、審査官からいろいろとイチャモンが付くのだが、それに対して一つひとつ反論したり、発明内容の範囲を修正したりして、特許を認めさせる業務のことだ。
「頼まれた校正作業が終わりました。いくつか簡単な誤字脱字を見つけただけです」
アシスタントの美奈が、僕の作った書類の校正をやってくれた。弁理士はひとりでほとんどの業務を完結するのだが、自分が書いた文章の誤字脱字はなかなか自分では見つけられない。
「ありがとう。もう遅いから帰りなよ」
「私は夕方に来たばかりだし、もっと残っています」
あの引っ越し事件のときは、僕は彼女にぞっこんだったが、正直、いまは美奈なんかどうでもいい。ガールフレンドと週に1回か2回会って、朝から夕方まで毎日仕事をしていると、それほど時間は余らない。1日は24時間、1週間は7日しかないのだ。神は、一握りのモテ男たちとその他大勢の非モテ男たちの間に不平等なセックスの分配を許したが、時間だけは平等に与えたようだ。
いまや、残り少ない僕の時間を巡って、常に複数のセフレが競争している状態だった。そこに新規の女が加わるのだから、美奈みたいなその辺の女子大生の相手をしている暇はない。彼女の顔はかわいかったし、細身のスタイルも悪くなかったが、そんなことはどうでもよかった。僕は仕事で関係している女には手を出さないというルールを作っていた。ときには例外もあるルールだが。
「それじゃあ、僕は今日はこれから予定があるから、先に帰るよ」
「はい、お疲れ様です。ところで、わたなべさん」