僕はギアチェンジして、勝負に出ることにした。
「ああ、ごめんごめん。彼女はちょっとした友だちなんだ」
「ふーん」
「僕はCEOなんかじゃないよ。ところで、君は何してるの?」
「えっ、私? 私はモデルよ」
僕は彼女の顔を見つめながら、ちょっと驚いたような表情を見せた。おいおい、君がモデル? 嘘だろ、みたいな顔だ。それから彼女の手に視線を移した。
「ああ、手のモデル。そういうのパーツモデルって言うんだっけ? 確かに、きれいな手だね」
「はぁ? 私は手のモデルなんかじゃないよ」
僕はもう一度、彼女の顔を覗き込んだ。
「えっ、じゃあ、何のモデル?」
「ファッションモデルよ」
英里香は、私のことを知らないの? とでも言いたげだ。ちょっと不機嫌というか、動揺している様子が見て取れた。
「ああ、そうなんだ」
僕はちょっと大げさに驚いて見せた。えっ、その顔で? と言わんばかりに。
僕のディスりは、相当に効いたようだ。相対価値チャートを見ると、僕の価値が彼女よりかなり上に来ていた。
「そうよ」
「じゃあ、真奈美と同じ職業なんだ」
「まあね。そういえば、真奈美さんにちゃんとあいさつしておかないと」
「真奈美へは僕が紹介するよ」
「ありがとう」
「ところでさ、真奈美と僕の友だちと3人で、この前話しててぜんぜん答えが出なかったことがあってね」
「えっ、何?」
「恋と愛の違いって何だと思う?」
パーティーなんかで見ず知らずの女と会話を弾ませるためのルーティーンのひとつ『恋と愛の違い』を僕は使うことにした。酒が入った席でも、いきなり唐突にこんな恋愛話を持ちかけるのは野暮ってものだ。だから、この前ちょっと友だちと話していた、という前置きを付けることを忘れちゃいけない。