玲子が、またエレベータホールまで送ってくれた。
「石田さんは、なんであんなに細かく特許を分けてるの?」
「わたなべ君、もう何年、弁理士やってるの? うちの会社では、新しい社長が数値目標を作ったのよ。なんでも、すごい外資系のコンサルティング会社を雇ったら、これからは社員の定量評価が重要だという話になって、エンジニアは1年に特許を5つ以上出願することがノルマになったの」
「ハハハ。なるほど。でも、それはうちみたいな特許事務所にとっては、ありがたい話だね。そのコンサルティング会社と新しい社長には感謝しないと」
「そうよ、感謝しなさいよ。でも、この話には、まだ続きがあるわ。石田さんは、本当はすぐに出願できる別の特許があるんだけど、それは今回は出願しないのよ」
「えっ、どうして?」
「それは、来年にとっておいて、来年のノルマを楽にしようという作戦なの」
「なるほど。さすが玲子の会社は、一流企業だけあってみんな頭がいいね」
「何それ、嫌味?」
「でもさ、そういう会社の利益にならないようなことを防いで、特許戦略を練るのが、玲子の仕事なんじゃないの?」
「会社の利益? そんなものは、誰も考えていないわ。もう、つまらない質問ばっかりしないで!」
僕が玲子と仲良くなったおかげで、青木国際特許事務所にとって重要な情報が次々と手に入った。青木さんは、僕が週末もクライアントとの関係を深めるために、それこそ身を挺して働いていることに感謝しなければなるまい。特別ボーナスをもらいたいぐらいだ。
「ところで、今週の土曜日は空いてる?」
「そういう質問は好きよ」