自然体の女の子たちのカウンター精神
イラスト:長尾謙一郎
大谷ノブ彦(以降、大谷) 前回はサザンとミスチル、そしてONE OK ROCKの分かれ道の話でしたけど、今回はこの話からいきましょう!
柴那典(以降、柴) 女性ラップはなぜ今アツいのか。ここ最近女の子のヒップホップが徐々に盛り上がってきてるんですけど、2015年になって、メジャーシーンにもどんどん浮上してきているんです。
大谷 そうなんですよね。ほんとおもしろい!
柴 今年に入ってからの動きを上げていくと、まず18歳の女性ラッパー、DAOKOが3月にアルバム『DAOKO』でメジャーデビューしました。
DAOKO 「かけてあげる」
柴 そして「料理×音楽」をコンセプトに掲げて活動するDJみそしるとMCごはんが、メジャー1stアルバム『ジャスタジスイ』を4月にリリースしています。
DJみそしるとMCごはん 「ジャスタジスイ」
柴 そして、前に「新時代を築く女性ボーカリストたち」でも大谷さんがプッシュしていた水曜日のカンパネラは、初の全国流通盤のEP『トライアスロン』を4月にリリース。
水曜日のカンパネラ「ディアブロ」
柴 さらに、同じ回で紹介したカリスマドットコムも、7月にメジャーデビューすることが先日発表されました。
Charisma.com「こんがらガール」
大谷 僕、これ全部大好きですよ。特に水曜日のカンパネラはすごいですよね。もうちょっと時間がかかると思ってたけど、期待以上に広まってる。
柴 そうですよね。今、すごく追い風が吹いているんだと思います。
大谷 これ、なんなんでしょうね?
柴 一つ共通点を挙げると、みんなガツガツしてないんですよね。力が抜けてる。水曜日のカンパネラの新作に入ってる「ディアブロ」って曲も、「Dear風呂」のダジャレでお風呂の歌だし。
大谷 DJみそしるとMCごはんは食べ物の歌だし。
柴 泉まくらも、ウィスパーボイスでふわっとした感じですしね。
泉まくら「明日を待っている」
柴 みんな、戦ってないんですよ。この状況、大谷さんはどう見ています?
大谷 僕はね、やっぱりヒップホップってカウンターだと思うんです。すでにあるものに対して「そうじゃないもの」をやる。それが大衆に馴染みやすいものとして届く。そこに僕はヒップホップ精神を感じるんです。
柴 ということは、この状況は今までの日本のヒップホップの主流のスタイルに対してのアンチテーゼである、と。
大谷 そうそう。こういう女の子たちのラップって、黒人文化にルーツがあるコワモテなヒップホップの様式とかファッションからは逸脱しちゃってるわけじゃないですか。逆にそこが人を惹きつけてるんじゃないかな。
柴 別に「本来ヒップホップはこうじゃなきゃいけない」ってこだわらなくてもいいわけですもんね。
大谷 そうなんです。僕がやってるDJだってそう。途中で曲を止めたり、語ったり、振り付けして全員で踊ったりしてるのも、いわばカウンターなんですよ。でも、それをみんなが「めっちゃ楽しかった」って受け止めてくれたから広まっていったわけで。
柴 僕も今の女性ラップの状況って、一つのカウンターだと思うんです。彼女たちが自然体で力が抜けていることに、むしろ主張がある。
というのも、これは少し前までの殺伐とした時代のムードへのカウンターなんじゃないかと思うんです。
大谷 へえ。それはなぜですか?
柴 というのも、水曜日のカンパネラのコムアイさん自身が「破壊衝動が求められる時代は終わってきている」とインタビューで言っていて。
大谷 そうなんだ!
柴 で、これは仮説なんですけど、僕はこれ、ももクロ以降のアイドルブームからの反動でもあると思うんですね。
というのも、「アイドル戦国時代」という言葉もあったように、今のアイドルの女の子たちは、みんな戦っている。ステージの上ではいつも全力。
大谷 ああ、わかるわかる。アイドルの子たちはそうですよね。
柴 みんな真っ向勝負ですよね。大声を張り上げて自己紹介するし、力いっぱい歌って踊る。もちろんそこに憧れる女の子もたくさんいるんですけれど、逆に「いや、もっと自然体でいたいよね」っていう思う子も絶対いるはずで。僕は今、そういう揺り戻しが起こっている気がするんです。
大谷 なるほどねえ。でもそこは勘違いしちゃダメなところもあると思うな。
柴 というと?
大谷 今の時代って、どんな業界でも仕事に真摯に取り組む人、一生懸命やる人じゃないと絶対売れないし、残らないんですよ。紗倉まなさんのスタッフに訊いたんですけれど、AV女優の世界だってそうなんですって。10年前は美人だったらそれだけでそこそこ売れたけど、今は「いい人」じゃないと淘汰される。
柴 そうなんですね。
大谷 アイドルが全力で歌うのだって、その子がアイドルというものにどう向き合ってるかの一つの指針じゃないですか。「今求められてるのはテンションを上げて大きな声を出すことなんだ」って思ったら、それを素直にやる。そういうことができる人が売れていく。
そう考えると、水曜日のカンパネラのコムアイさんも「今求められていることはこういうことなんだ」って考えて、それを素直に出したわけですよね。
柴 インタビューでも、まさにそういうことを言っていました。
大谷 彼女を番組で紹介したこともあったんですけれど、やっぱり真面目だし、人としての魅力がすごいんです。だから愛される。
柴 確かに「肩の力が抜けてる」って言っても、気を抜いてるのとは全然違いますもんね。
大谷 そう。だから、ちゃんと売れていく人は、自然体でも熱量がある人だと思う。
柴 なるほど。ゆるふわな魅力とか言っても、それをいい加減さと取り違えちゃダメだ、と。
大谷 そうですよ。やっぱりどんな場所でも目の前の人を楽しませる人じゃないとダメだと思う。
10年ごとに時代を作る歌姫が現れる
柴 あと、おもしろいのがDAOKOのアルバムの1曲目が「水星」という曲で——。
DAOKO 「水星」
大谷 これ、tofubeatsの曲のカバーなんですよね。これ、またいい曲なんですよね。
柴 というわけで、次のテーマに行こうと思うんです。「95年の小室哲哉、05年の中田ヤスタカ、15年のtofubeats」。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。