2014年、将棋界の最高峰を争う名人戦七番勝負は、森内俊之名人と羽生善治挑戦者が対戦した。両者は名人戦で顔を合わせるのは4年連続で、9回目。現代将棋界の頂上決戦と言ってよいだろう。過去3年はいずれも森内が制していたが、今年は羽生が勝ち、名人位に返り咲いた。
コンピュータ将棋界はどうか。 「今はもうはっきり、ponanza、AWAKEの2強状態だと思います」
とSelene開発者の西海枝は言う。これが大方の見方だろう。電王トーナメント決勝は、最高のカードになったと言ってよい。
ponanzaの山本一成、AWAKEの巨瀬亮一ともに、自身の棋力は高い。プログラム同士が戦い始める前から、開発者同士の戦いは始まっていた。後手番のponanzaは初手で、角の横に金を上がる。人間同士では、損とされている手だ。振り飛車にされると、スムーズな駒組が難しくなる。ただし、コンピュータ同士の対戦では、振り飛車が不利という前提がある。相手に飛車を振らせたい、という駆け引きがあるのだ。準決勝でSeleneはponanzaの同様の注文に、素直に応じた。そして、あっという間にponanzaが優位を築いていた。
巨瀬はfloodgateにおけるponanzaの戦い方も見て、山本のねらいを読みきっていた。AWAKEがponanzaの注文に応じないように、あらかじめ指し手の指定を入れておいた。
序中盤は、定跡形を離れた進行となった。そして戦いが始まる。ponanzaが飛車を捨てて攻め、AWAKEが受け続けるという、両者の長所がもっとも発揮される中盤戦になった。解説の西尾六段をはじめ、観戦する人間の目には、ponanzaが優位に立ったかに見えた。攻め続けるponanza側の陣形がしっかりしているのに対して、AWAKEの玉は不安定であり、ponanzaの猛攻をしのぐのは難しいと思われた。しかし、意外と決め手が見つからない。
電王トーナメントはニコニコ生放送の公式チャンネルで放映される。一方で、会場を出たフリースペースでは、「大合神クジラちゃん」開発者の鈴木雅博が非公式の裏番組を放映していた。鈴木の放送は、開発者や関係者が自由に登場する、隠れた人気番組である。決勝の際には川端一之(なのは開発者)と山本一将(ひまわり開発者)がカメラの前に座って、決勝の模様を伝えていた。
ずっと受け続けてきたAWAKEが、華麗な反撃手を放った。やがて、ponanzaの評価値を示す棒グラフが、がくっと落ちた。川端の声のトーンが上がった。
「これはponanzaの負けパターンです」
ponanzaはずっとわるくないと思っていた。しかし、はっきりとした勝ち筋が見つからない。そこへAWAKEのねらいすました反撃が襲ってくる。ponanzaは自身が非勢に陥ったことを認めざるを得なくなった。そこで評価値が急変する。ponanzaの敗戦の時に見られる、数少ない負けパターンである。山本が天を仰ぎ、顔を手でおおった。巨瀬はモニターを見つめたまま、表情は変わらない。
そして、決着の時がやってきた。コンピュータ将棋界の頂上決戦を制したのは、新星AWAKE。勝者の巨瀬に報道陣が集まり、カメラが向けられる。巨瀬は小さく一礼をして、静かにモニターを見つめ続けていた。
次のステージへ
表彰式では入賞した開発者があいさつをした。
ponanza開発者の山本が壇上に立つ。 「気持ちの整理がつかなくて、まだ何を話せばいいのかわからない感じなんですけれども……。この半年、(開発を続けてきた)7年間で一番、コンピュータ将棋がんばったんですけど、全然強くならなかったんですね。6割ぐらいしか勝てるようにならなかったんですね。それで……。ちょっとまだ精進が足りなかったかなと……」
そこで山本は言葉につまり、涙ぐんだ。