10年ぶりに再会したバーテンダーの友人
いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。
今は横浜でバーをやっている、少し年下で、僕の修行時代からの付き合いのある男がいます。同じ店で働いたことはなかったんですが、同じ業界ですし、音楽の趣味が近かったので、昔はよく遊んでいました。彼は当時から結婚していて、奥さんとも一緒によくお酒を飲みに行きました。お互いに店を始めて、彼に子供ができて、さらに僕が結婚してからは会う機会がほとんどなくなっていたのですが、先日、突然僕の店に現れました。会うのは10年ぶりくらいだったでしょうか。
その日は雨でお客が少なく、彼と思い出話に花を咲かせました。オーセンティックなバーを経営している彼ですが、ワインの趣味もよく、サンテミリオンの90年代もののボトルを入れて飲んでいました。
彼が少し酔ってきたところでこんな話をし始めました。
「僕、父親がいないんだよね。僕が高校に入ったばかりの時に失踪したんだけど」
父親は普通のサラリーマンで、それまでそんな兆候もなかったそうです。もちろん警察には捜索願いを出し、勤めていた会社や父親の友人にも連絡をとって探したそうですが、結局見つからなかったそうです。
「林さん、実はね、僕は親父が失踪するまえから、親父が外に愛人がいることを知ってたんだよ。受験勉強してた時に学校に英和辞典忘れて、親父の本棚から借りようと思ったら、辞書のケースの中から手紙がたくさん出てきた。で、案の定ラブレター。日付も入っていて、一番新しいのだと1週間前のがあった」
「それは……ショッキングだね」
「うん、なかなかね。この話は誰にもしなかったし、妹にも、もちろん母親にも隠した。でも直感的に親父がいなくなった時にこれだ、って思ったんだよね」
彼はとても軽い感じで話してくれましたが、言葉の端々にすごく苦労したんだろうなあというのを感じました。それからは母親ひとりに育てられたそうです。一家の大黒柱を失い、母親は彼と妹さんを育てるため必死になって働いていたそうです。
彼は徳島の田舎出身の僕でも知っている神奈川の有名な進学校に通っていたのですが、母親の負担を減らすためと、妹さんの学費を作るために、高校を卒業してすぐにこの業界に入ってきました。そこで僕と出会ったわけです。
下世話な興味だとは思いつつも、思わず彼に聞いてしまいました。
「お父さんのこと、恨んでるの?」
彼はちょっと驚いたような顔をしたあと、少し笑いながらこう言いました。
「実はこないだ親父に会ったんだよね」
え、と思ったんですが、彼がその後に続けた話のほうが僕にとっては意外でした。