SF文庫を600冊担当した編集者[前篇] 採録・大森望のSF喫茶

この春、『ソラリス』で通巻2000番を迎えるレーベル「ハヤカワ文庫SF」。〈SFマガジン〉の4月号では3号連続の大型特集「ハヤカワ文庫SF総解説」を開始し、この快挙を盛り上げています。ゲンロンカフェの人気講座「大森望のSF喫茶」でも1月29日、本企画と連動してSF編集者2名が登場。第2部では600冊近くにわたる文庫SFの編集に携わってきた込山博実氏とともに、「青背」の誕生から現在までを一気に辿ります。

—それでは、第2部に移りたいと思います。森さんが退社された翌年に、背表紙の青いハヤカワ文庫SF、いわゆる「青背」が始まりました。それまでのハヤカワ文庫SFは、本格SF路線の「銀背」、ハヤカワ・SF・シリーズに対して、娯楽SF路線をとっていたわけですが、銀背が出なくなったあと、その後継として青背が誕生したわけです。

込山 森さんがお辞めになった、次の年ぐらいに終わりになったんでしたっけね。

—店頭にはずっとありましたけど、新刊は1974年11月のハリイ・ハリスン『殺意の惑星』が最後ですね。だから、青背は、背表紙の白い従来のハヤカワ文庫SF(白背)と区別するために背の色を変えて、イラストも口絵も入れないことにした。白背は白背で口絵・挿絵入りで娯楽路線を継続するけれど、ハヤカワ・SF・シリーズの文庫化とか、本格SF的なものは青背で出すというふうに、2つの系統が並立することになったんですね。

その青背の最初の1冊が、カート・ヴォネガット・ジュニアの『プレイヤー・ピアノ』で、番号は172番、1975年10月の刊行です。ちょうどこの時期は、同時代の本格SFの翻訳刊行が滞り気味で、海外SFマニアの間では、翻訳SF暗黒時代みたいに言われていました。その後、1978年に海外SFノヴェルズとサンリオSF文庫が相次いで創刊されて、状況が一変するわけですが。

込山 僕が早川書房に入社したのは1976年、福島(正実)さんが亡くなられた年です。ハヤカワ・ミステリ文庫創刊の年。入った月から始まって、毎月10冊は出していたんじゃなかったかな。

—ディック・フランシスの《競馬》シリーズとか、ガンガン出てましたね。

込山 SF文庫はSF文庫で、だいたい月に3点ぐらい出していました。そのころのハヤカワ文庫SFは、森さんがレールを敷いた、いわゆる娯楽路線のものの《ローダン・シリーズ》や《銀河辺境シリーズ》が2点ぐらい。それに『シリウス』や『10月1日では遅すぎる』などのSF・シリーズからの文庫化が1点、という感じでしたね。


◎こみやま・ひろみ SF編集者

—それまでの文庫SFはオリジナルがすごく多かったんですけれども、森さんが退社されて込山さんが入る76年ごろからだんだん再刊が多くなる。当初の青背は、ハヤカワ・SF・シリーズで出た作品の文庫化が主力でしたよね。

込山 僕はまさにその文庫化を任されてやっていました。『夏への扉』であったり、『鋼鉄都市』や『はだかの太陽』、『2001年宇宙の旅』などですね。

—何を文庫化するかも込山さんが選んでいたんですか?

込山 それも含めて、このころは僕が全部やっていましたね。『月は無慈悲な夜の女王』もそうだし、『火星人ゴーホーム』とか『宇宙零年』とか。

—青背がスタートして、カバーの雰囲気も従来の白背とは全然違う感じになったわけじゃないですか。その方向性についても、最初から青背はこういう感じで、みたいなものが決まっていたんですか?

込山 編集部のなかである程度イメージはあって、それに沿って進めていきました。ハインラインの『夏への扉』なんかも、当時、博報堂のディレクターをしていた人にお願いしました。今でも文庫版はそのカバーが使われていますね。この時期の文庫SFはいまでも名作と言われて生き残っているものは多いですよね。

 

—そうですね。僕も、このころのSF文庫の印象がいちばん強いですね。当時は高校生で、銀背で持ってないものは青背で買ってました。カバーでいうと角田純男さんとか、中西信行さんのイメージが強いですね。あと新井苑子さん。

込山さんは当時の本で思い出深いものはありますか?

込山 『夏への扉』とか『虎よ、虎よ!』とかですね。当時あまり割り付けについて知らないまま出しちゃったものを、30年ぶりぐらいに、今度はちゃんと原書とつきあわせながら、きちんと割り付けして、最近出し直すことができました。カバーもオリジナルのイラストを使いつつデザインを変えたり、『虎よ、虎よ!』のときは、寺田克也さんに新しくイラストを描いていただいたりしました。

 


●文庫SFの30年

—一気にいきましょう。80年代後半から90年代前半まで、1000番までにC・J・チェリイやティモシイ・ザーンなんかの冒険ものの流れもありました。1986年には『ニューロマンサー』が出て、サイバーパンクがブームを巻き起こし、87年には本格SFのオールタイムベスト級の作品がどさどさ刊行されたりしていますが、このへんはおおむね、僕と同世代で、1993年に退社した村山裕氏の担当ですね。

込山 そうですね。新しい作家や作品は村山君に担当してもらいました。でも、そのころのSF編集部には、森さん路線を企画する人がいなくなっちゃったんですよね。だから僕は、もっぱら冒険SF路線をまた盛り上げていくような作品を企画していました。大森さんが文庫SFに翻訳者として登場したのもこのころですよね。最初は『星の海のミッキー』でしたっけ?

—「森のぞみ」名義でね。妙齢の女性翻訳者という設定でした(笑)。パメラ・サージェントの『エイリアン・チャイルド』も森のぞみ名義。女性作家のジュヴナイルを訳すときの名義ですね。でも、ハヤカワ文庫SFで最初に訳したのは、実はSFじゃなくて、『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』のノベライズ。たしか、『魔宮の伝説』を訳された山田順子さんからのご指名でした。

込山 ああ、大森さん訳のノベライズといえば『ミュータント・タートルズ』もありましたよ。これを覚えている方がいらっしゃるでしょうか(笑)。

  

—最初の実写映画版のノベライズですね。こっちは亀井甲介名義。ひどいな(笑)。これ、原書は100ページぐらいしかないフォトブックみたいな薄い本で、実はほとんど翻訳じゃないんですね。試写室に家庭用ビデオカメラを持ち込んで画面を撮影して、それを家のテレビで再生しながらどんどん書くという作業でした。実際、翻訳権じゃなくて商品化権なので、映画の小説版ならなんでもいいと。正味2週間くらいで仕上げたんじゃないかな。その一方で、90年代前半は、チャールズ・プラットの『フリーゾーン大混戦』とか、マイクル・カンデルの『キャプテン・ジャック・ゾディアック』とか、思いきりマニアックな企画を持ち込んで、出してもらってました。
 でも、込山さんは、会社のためにちゃんと売れる企画を考えて。

込山 80年代の終わりごろから90年代のなかばごろまで他の部署に行っていたんですけど、また編集部に戻ってきてみると、どういうわけかSFの売れ行きが悪くなっていたんです。それで何か新しくて売れるものをやらなきゃいけないと考えて、前からやりたいと思っていた戦争SFや冒険SFのラインを始めました。そうしたら《銀河の荒鷲シーフォート》のシリーズが当たってくれて。

—第1巻は96年末に出た『大いなる旅立ち』ですね。1171番。野田さんの翻訳もノリノリで。ミリタリーSF路線の柱になりました。最初からすごく食いつきがよかったという感じでしたか?

込山 最初は1巻目しか版権がとれていなかったので、何としても売って続きを、という思いがありました。カバーも評判が良かったですよ。あのころはこんなカバーはなかったじゃないですか。この絵描きさんは、名古屋に在住のコミケで活動されている方でしたね。あのころは、新しいイラストレーターを見つけるために、コミケ会場に行って同人誌を見たり、誰かに買ってきてもらったりして、描けそうな人を探していたこともありました。戦争SFで言えば、デイヴィッド・ウェーバーの『新艦長着任!』にはじまる《オナー・ハリントン》シリーズも売れてくれましたね。
 あとはダン・シモンズ『ハイペリオン』だとかの海外SFノヴェルズのほうの文庫化を始めたり、テレビ放送に合わせて《ロズウェル》のシリーズを出したり。

—これでもう1500番ぐらいまで来ましたかね。このころから再刊というか、過去の文庫の出し直しも増えてきますね。番号を変えて、改版の刊行が始まる。

込山 そうですね。《永遠の戦士》シリーズを、まずは《エルリック・サーガ》から出し直したら、思いがけずどんどん売れちゃったりしました。

—込山さんが担当すると、着実なペースでどんどん出るので、すぐに読むのが追いつかなくなる(笑)。

込山 印象に残っているのは『トリポッド』かな。あれもいろいろやってみようということで。全4冊をつなげるとカバーのイラストが1枚の絵になるように作りました。


カバーイラストは西島大介氏。1巻と4巻もつながり、エンドレスに絵が続く

—ミリタリーものだと、1600番がジョン・スコルジーの『老人と宇宙(そら)』。これも大ヒットしました。

込山 その次の1601番がデイヴィッド・ウェーバー『反逆者の月』ですね。お月さまが宇宙船だったなんて、こんなの絶対売れないよなって思ったんですが(笑)、これが売れてしまったんですよ、なぜか。だから《老人と宇宙》や《反逆者の月》のようなシリーズもので、またSF文庫も勢いがよくなっていたころですね。

—SFマニア的に言うと、このころはグレッグ・イーガンやテッド・チャンが出てきたのも事件でした。

込山 そう、テッド・チャンは忘れちゃいけないですね。『あなたの人生の物語』はものすごく売れましたものね。

—それでも、実は売上的にはスペース・オペラやミリタリーもののシリーズがハヤカワ文庫SFを支えていると。

込山 なぜか星雲賞にも、年間ベストSFランキングにも選ばれはしないんですけどね。

—スコルジーは星雲賞2回とってるじゃないですか。まあでも、ベストSFや書評では、ミリタリーものはあまり言及されないですね。でも、数字は確かに出ている。サイレント・マジョリティに支持されているということでしょうか。

込山 そうですね。最近でも、『彷徨(さまよ)える艦隊』は原書で読んだときにすごく面白いなと思って企画を通したら、おかげさまで売れてくれて、なんともう次で正篇が10巻になります。外伝も2冊出せました。

—あとは《氷と炎の歌》が、ドラマ版の『ゲーム・オブ・スローンズ』にひっぱられて話題を呼んだり。

込山 何刷もさせていただいてます。

—あれはジョージ・R・R・マーティンだから文庫SF。ファンタジイ・レーベルのハヤカワ文庫FTとの住み分けとか、いろいろあるんですね。

込山 マーティンはSF作品を文庫SFに収録していること、それに読者層が男性が中心なので、《氷と炎の歌》はファンタジイではあるけれど、女性層が多い文庫FTより文庫SFのほうが売れるだろうという判断でした。ムアコックの《永遠の戦士》シリーズも、同様の理由で文庫SFに入っています。


[後篇に続く]


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ハヤカワ文庫SFを創った人々

大森望

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コメント

korenkan ブックマークしてあった。 約6年前 replyretweetfavorite

isozakiai 「青背の最初の1冊が、カート・ヴォネガット・ジュニアの『プレイヤー・ピアノ』」そうなんだ。《銀河の荒鷲シーフォート》96年か! 表紙とかイロイロ懐かしい~ / #SF 7年以上前 replyretweetfavorite

Hayakawashobo さて、今日はcakes版SFマガジンが更新されているようです。 7年以上前 replyretweetfavorite