── そのカバンはいつも使っているものですか?
古賀亘(以下、古賀) はい、そうです。
── いいですね。身近な勤め人という感じで、そのひとが実は日夜「悪と戦うヒーロー」をやっている。もう長いんですよね、いまのお仕事。
古賀 27年になりますね。
── その世界に疎いまま、古賀さんにお話を聞きに来てしまいました。今日は古賀さんのお仕事について、いろいろ教えていただけますか。
古賀 はい、もちろんです。
いま僕がやらせて頂いている「モーションキャプチャーアクター」という仕事は、わかりやすくいうとゲームやCG映画、遊技機などに登場するCGキャラクターの「動きのモデル」です。
── 「動きのモデル」ですか?
古賀 そうです。まず僕たちの動きをデータとして収録し(この技術を「モーションキャプチャー」という)、そのデータをCGキャラクターに入れ込み、アニメーターの方々がそれを下描きにブラッシュアップし、顔の表情や髪の毛の動き、衣服の揺れやライティングを加える。
するとCGキャラクターが、命を宿したかのように活き活きと動き出すんです。
つまり、完成されたCG画のもとの部分を古賀さんが担当している。世界中に広まっていった作品に姿は映らないが、「キャラクターの魂の部分は自分が生み出したもの」だという。
古賀さんは、現在42歳。10代からスーツアクターなどのアクションの仕事を経験し、「平成ウルトラセブン」シリーズではウルトラ警備隊ミズノ隊員として出演していた。
近年は職業欄に「モーションアクター」と書くのだという。
「経済的にもこれだけで成立しているのは日本で三人」と言い切るとき、ちょいと胸が反り返っていた。
出演したゲーム総数は400本
ここでもうすこしだけ補足説明をすると、「モーションキャプチャー」は、俳優さんの顔や関節部分など全身に小さなマーカー(丸い球に銀色の反射素材が貼ってあり、光を当てると白光。遠目だとピップエレキバンみたいに見える)を貼り付け、データを採取する。
もともとは医療現場で活用されはじめたシステムだ。
とある撮影現場。アクター全員スタンバイ中。 Ⓒ渡邉和弘
古賀さんのいう先の「三人」について訊ねると、自身と事務所の相棒と妻をあげた。答える際の表情は、愛嬌たっぷりの笑顔だ。
古賀さんが出演したモーションキャプチャーに加わった作品の総数は400タイトルを超えている。
ゲームでは「モンスターハンター」、「鉄拳」、「バイオハザード」、「バーチャファイター」、「ファイナルファンタジー」などなど、どれもシリーズ化している。ゲームファンならきっとテンションがあがるだろう。
完成した映像には彼の顔だけでなく「姿」も消え失せ、ときに人間ではなくモンスターと化していることもある。
── いきなり話が脱線しますが、ワタシが子供のころに一番好きだったヒーローが「バットマン」だったんです。
あのバットマンも変身ヒーローの一つだと思うんですが、いつもマスクをつけ顔を隠して悪と戦う、顔の輪郭や口元で正体はバレバレなのに、みんなが「誰だかわからない」というのがすごくおかしくて。古賀さんの話からなんとなくそのバットマンを思い出してしまいました。なんでだろう?
古賀 どうしてなんでしょうね(笑)。
── 質問にもなっていませんね。
ああ、そうだ。覆面をしたヒーローは「月光仮面」や「アラーの使者」や「七色仮面」と日本でも流行りましたが、70年代以降すっぽり特殊なスーツで全身を包んだ「ウルトラマン」「仮面ライダー」とかになっていくんですよね。
古賀 そういえば海外のヒーローは、変身後も口のあたりがはっきり見えているのが多いですね。演技のシーンに関しては、「なか」の役者もチェンジしないことが多いと思います。
── そうか。バットマンは変身後も「なか」は同じ俳優さんなんですね。
まだ千葉真一さんが新人だったころにヒーローを演じた際は、千葉さんが変身前も後もやられていた記憶があります。
古賀 日本の戦隊モノでも、過去には変身前と変身後を兼任していた方がいらっしゃいました。
ただ、「お面」を被ると視野がものすごく狭くなり、危険ですし、見栄(格好よくポーズを決める)やアクション、スタントが一人前にできるまでには相当な時間がかかりますからね。
僕の場合、格好よく立つだけでも3年はかかりました。
「モーションキャプチャー」との出会い
── ところで古賀さんはアクションの仕事を長く続けてこられたわけですが、仕事に自信をもたれたのはどのあたりからですか?
古賀 僕の場合「モーションアクター」という仕事を初めてやったのが27、8歳の頃。並行して映像の現場でアクションの振り付けを任されることが増えてきたんです。
── 演出する側に関わるようになったんですね。
古賀 僕が体験してきた多くの現場は、予算などの都合でアクションシーンを短期間で撮りきらないといけないんです。
時間が限られているうえに、「刀なんて持ったことありまセーン」というアイドルの子たちにも動きを教えていかないといけない。どうしてもごまかすことが多くなるんです。
── というと。
古賀 顔の寄りのカットを多くして、いかにもアクションしているかのように見せるとか。スケジュールの関係で、先に顔が写るカットだけを撮影して、その子が帰った後、吹き替え(代役)のひとにカツラを被らせ、顔がバレないように撮るとか。
── 舞台裏の苦労があるわけですね。
古賀 「彼は何時には上げないといけないから……」と絡みのシーンを逆算しながら、予算も時間も限られたなかで派手なアクションをやっているかのごとくに見せないといけない。
そうした現場を重ねていたときに出会ったのが「モーションキャプチャー」の仕事だったんです。
── 順番としては、現場でもがいているときに新天地に出会うわけですね。
古賀 そうです。モーションキャプチャーの仕事は圧倒的におもしろくて。工夫のしがいもあります。
たった1人で20人を演じきる
── おもしろいポイントをもう少し詳しく。
古賀 自分たちがイメージしたものや考えた動きが、アイデアとしてどんどん採用されていく。
もう一つは、出来上がった作品の完成度の高さですね。
アニメーターさんたちが、僕たちの動きをもとにして仕上げるんですが、1フレームずつ丁寧にキャラクターの動きを作っていく。その映像がまた素晴らしいし、海外で仕事をした際に「このゲームのモーションアクターとアクションコーディネイトは僕が担当した」というと、ものすごく評価してくれる。
手ごたえを感じますね。
── 古賀さんの名前はどこに明記されるんですか。
古賀 スタッフロールには名前が出ます。すべてではないですが。
── そうすると関心がないと、古賀さんの存在に気づくひとはいないわけですよね。
古賀 この職業じたいがメジャーになって、「あれは古賀がやっている」と評価されるようになったらうれしいですけどね。
それでも、ゲームセンターで格闘ゲームを熱中しているひとの背後で、「いま操作している、そのキャラクターの動きのモデルをやったのは、後ろにいる僕なんだよ」と眺めているのはすごく楽しい。
言いはしませんけど(笑)。
── ちょっとわかる気がします(笑)。
古賀 最近、昔憧れていたマンガやアニメのキャラクターを演じるということが増えていて。パチンコやスロットなどの遊技機で、名前はちょっと言えないんですが、大勢のひとがそれに興奮しているのを見ると誇らしくなります(笑)。
── 誰も自分を知らないけど、誰もがみんな知っている。「影武者」に近いですね。
古賀 「影武者」と異なるのは、僕らが演じるキャラクターにはモデルがない場合も多いんです。
── ゼロからキャラクターの動きを考えていくということですか?
古賀 そうです。その際も匿名的な存在を心がけているんですが、まれに作品を見て、「このキャラクターの動きを担当したモーションアクターは誰々かも」と僕が言い当ててしまうこともありました。
── 顔も姿も映らないのに、どこでわかるんですか?
古賀 立ち方だとか、次のアクションへ移る間だとか。癖みたいなものがニュアンスやリズムに出てしまうんでしょうね。
── 姿は見えないのに言い当てられる。それこそ本来の「個性」かもしれませんね。
古賀 一人で大勢のキャラクターを演じることも多く、細かく切り替えてはいるんですが、どこかで癖が出るんでしょうね。一つのゲームで20キャラクターを一人で演じることもあります。ときには女性のキャラも。
── 一人で20人分の歩き方の違いをだす? もう「怪人20面相」ですね(笑)。
古賀 簡単にはできないですけどね(笑)。
つづく。次回は3月4日(水曜)、20面相ぶりの実演をより詳しく
主演作「神話戦士ギガゼウス」のキメのポーズをしてもらいました。場所は事務所近く
写真=山本倫子 Yamamoto Noriko