経済発展の熱狂が残した、もの言わぬ遺産
—— 廃墟に行くこと、廃墟を撮ることに、そんなにもメッセージ性があるとは、はじめて知りました。
佐藤 日本に廃墟ブームはありましたが、ジャーナリズム的な文脈はあまりなかったですからね。どちらかというと、廃墟の「わびさび」をいつくしむような特殊な文脈で盛り上がっていた。軍艦島(端島)の人気も、かなり耽美的な視点が入っていると思います。
—— たしかに、「廃墟萌え」という言葉すらありますからね。
佐藤 そもそも日本の「廃墟」があらわすものと、英語の「Ruin」には隔たりがあるんですよね。「Ruin」には遺跡まで含まれていて、どこまでが廃墟で、どこまでが遺跡という明確な線引きはない。
ただ、そうだとしても、廃墟ブームのおかげで日本が「廃墟先進国」として認識されているところもあります。ちょうど漫画が「Comic」でなく「Manga」と呼ばれるように、廃墟のことを「Ruin」じゃなくて「Haikyo」って呼ぶ人もいるくらい。つまり海外の人も日本における「Haikyo」が、自分たちの「Ruin」とは違うものを指しているということを認識してるんだと思います。
—— へえっ、海外でも認知されているんですか。
佐藤 ええ、海外の廃墟マニアの人で「いつか日本に行って廃墟をめぐりたい」と思っている人は多いですよ。今回ブルガリア共産党ホールの写真をお借りした中国のシャオ・ヤンさんも、軍艦島とか奈良ドリームランドとか、いろいろ知ってましたね。今度日本を案内するんですけど、「関西に行きたいんだけど、奈良ドリームランドは知ってるから、それ以外の廃墟を教えて!」って言われました(笑)。
—— そもそも廃墟って、なぜ生まれるんでしょう? それから、どうして日本では一足早く廃墟ブームが起きたんでしょうか?
佐藤 これはあくまでの僕の分析ですけど、世界中の廃墟を見ていくと、原因はもちろん色々なんですが、ある瞬間に過剰にエネルギーを注がれてできあがったものが、一気に崩壊して生まれているパターンは多いと思います。
—— なるほど。具体的には?
佐藤 たとえば、ソ連が侵攻して一気に作り上げた街や建物が、ソ連が崩壊することによって、あっという間に人がいなくなって廃墟になったり。
—— ああ、先ほどご紹介いただいたブルガリア共産党ホールのような。
佐藤 そうです。もっと最近でいうと、アジアでもありました。ある程度景気が良くなって外国資本がぽんぽん入ってきたんだけど、97年のアジア通貨危機で事態が一転したとたんに、サーッと資本も人も退いていって、どんどん建てられていたビルやマンションが一気に廃墟になった、という。本のなかでも、タイのサトーン・ユニーク・タワーという廃墟マンションを紹介しています。
バンコク市内の「サトーン・ユニーク・タワー」。1997年のアジア通貨危機で、49階建てのビルが建設途中のまま残されることに。
—— そうしたものに、日本人が元来持つ「もののあはれ」を愛でる心がいち早く共感した?
佐藤 それももちろんあるんですけど、日本って、そもそも戦後の廃墟からはじまって、70 年代にものすごい高度経済成長があって、80年代にバブルが起きたじゃないですか。それで一気に日本中に訳の分からないリゾート地とか博物館とかホテルとかがたくさんできたんだけど、92年にバブルが崩壊して、ぱーっと人がいなくなった。そして90年代前半に廃墟がたくさんできたんです。その結果、必然的に廃墟にも目が向くようになったんじゃないかと思います。
—— 過剰にエネルギーがそそがれて作られたものが一気に打ち捨てられたのが、日本の90年代で、それこそが廃墟ブームを生み出したと。
佐藤 そうですね。だからすごく大雑把な言い方ですが、廃墟って先進国のほうが生まれやすいんだと思うんです。発展がなければ荒廃もないわけで。ローマ遺跡やエジプト遺跡だって「廃墟」なんですけど、それは当時もっとも発展していた都市だったから今廃墟として残っているという。当たり前といえば当たり前の話なんですが、つまり廃墟というのは荒廃した中にあるのではなくて、発展した中にこそ生まれやすいんじゃないかと思います。
—— 廃墟は発展している場所に生まれる。
佐藤 ええ。20世紀に一番発展したのはどの国かというのは一概には言えませんけど、日本は戦後、経済成長で世界1位になったじゃないですか。でも、92年にバブルが崩壊して、さらに95年に阪神淡路大震災とオウム真理教の事件があって。そこで、日本全体が一気に悲観的なムードになった。
—— 本当に、一気に下降していきましたよね。
佐藤 そういう世紀末的な時代の空気とバブルがはじけて生まれた廃墟の光景が、当時の感性にシンクロしたのかもしれません。廃墟を撮影することはバブル時代に対する加害者なき告発というか、後ろめたさの共感だったかもしれないし、ノスタルジーだったかもしれない。どっちにしても短期間での爆発的な発展と荒廃を経験した国だからこそ、日本が今のような廃墟先進国になったのかなと。
廃墟が映しだす20世紀
—— 今回の本は、従来の日本の文脈で廃墟を愛でるのではなく、世界的な「アーバン・エクスプロレーション(都市探検)」としての側面も意識して、廃墟を紹介しているわけですよね。
佐藤 そうですね。それもあって、近現代・20世紀の歴史の象徴といえるような廃墟を意識して紹介しました。廃墟ができる要因というのはたくさんあるんですが、大きく4つの要因に分けて配列しています。
—— 4つというと?
この続きは有料会員の方のみ
cakes会員の方はここからログイン
読むことができます。