グーグルの地図サービス「グーグルマップ」には「交通状況」という渋滞情報の表示機能がある。
道路が「低速」から「高速」までの4色に塗り分けられ、その時点の交通の流れを示す。曜日や時刻を設定すれば、その時間帯の典型的な交通状況も教えてくれる。
このリアルタイムの渋滞情報はどうやって収集されているか、ご存じだろうか。
実は、街を移動しているアンドロイド(グーグルの携帯電話向けプラットフォーム)のスマートフォンを使っているユーザーの位置情報と速度データを、グーグルは常に収集している。その大量のデータを計算処理することで、リアルタイムの交通状況を表示しているのだ。
ただし、アンドロイドユーザー全員ではない。「マイ・ロケーション(現在地)」の機能を有効にしている人のみだ。当然ながら、ユーザーの数が増えれば増えるほど、情報の精度は高まる──。
アップルは2012年9月21日に新型スマートフォン、iPhone5を発売した。アップルはこれまで、iPhone用の標準の地図アプリ「マップ」では、グーグルマップの地図データを使用していたが、このiPhone5から、独自開発の地図に切り替えた。
ところが、この新マップの出来は散々で、地名や道路の情報が少なく見た目にもスカスカな上、表示されている地名の位置や表記が間違っているケースが相次いだ(「間違いだらけ! アップル製地図の謎」参照)。
「お客さまにご迷惑をおかけしていることに対し、心よりおわび申し上げます」
アップルのティム・クックCEOは自社製マップの発表から9日後、異例の謝罪メッセージを発表した。改良に取り組む間の代用品として他社の地図アプリを名指しで推奨するなど、いつもの自信満々な態度はどこへやら。地図責任者の上級副社長の退任も決めた。
「最高の体験を届ける、世界で最高レベルの製品を作ること」を標榜するアップルが、なぜこんな“出来損ない”を世に出したのか。何より、なぜグーグルマップとたもとを分かったのか。
その答えは、冒頭のアンドロイドの事例から読み取れる。いまやスマートフォンには必ず、GPSやWi-Fiなど、位置情報を検知する機能が付いている。スマートフォンのユーザーが今、どこで何をしているかは容易にわかるのだ。そして、スマートフォンのユーザーが増えれば増えるほど、生活者の位置情報は蓄積され、“ビッグデータ”という宝の山と化す。
ただし、GPSのログなどの位置情報は数字の羅列にすぎず、それ自体には何の意味もない。
ところがこれを地図というプラットフォームに落とし込んだとき、急にデータは視覚化され、意味を帯びてくるのだ。まさに、グーグルが道路を4色に塗り分けたように、である。
ユーザーの位置情報を取得できるスマートフォンという装置を握っているアップルだからこそ、同じ立場のグーグルに地図という“カネを生む舞台”を牛耳られるわけにはいかなかったのだろう。
グーグル、アップル
マイクロソフトの覇権争い
同じく、ウィンドウズ8という新OS(基本ソフト)を引っ提げ、パソコン、タブレット端末、スマートフォンでアップルを追撃しようと目論むマイクロソフトもまた、地図というプラットフォームに興味を示している。
マイクロソフトの検索エンジン「Bing」で展開する地図サービスは、包括的な戦略提携関係にあるフィンランドのノキアがパートナーだ。ノキアは2007年にデジタル地図データの米ナブテックを買収し、世界有数のデジタル地図製作会社となっているだけに、このマイクロソフト陣営も、世界の「デジタル地図戦争」の有力プレーヤーの一角といえる。
右からウィンドウズ8搭載のタブレット端末に表示したマイクロソフト「Bing」の地図、グーグルのタブレット端末ネクサス7の「グーグルマップ」、アップルiPhone5の新「マップ」
振り返ればグーグルは、04年10月に買収したオーストラリアのWhere2テクノロジーズという会社の技術をベースにグーグルマップをかたちにし、05年にサービスを開始した。世界中の衛星写真を閲覧できる「グーグルアース」の基となる技術を持った米キーホールを買収したのも同じく04年10月である。そしてやはり1年後にサービスを開始した。
あれからわずか数年で、グーグルが今の地位を獲得したことを考えれば、この世界は技術のタネを見つけ、それをいかに早く自らのものにするかというスピードの勝負であることがよくわかる。
地図を制する者が、デジタル世界の覇権を握る──。そういっても過言ではないくらい、これからしばらくは、この分野で激しい戦いが繰り広げられそうだ。