「12月13日、妻・螢之丞が入院先の病院で永眠いたしました」
ツイッターの水玉さんのアカウント(@miztama1016)から、夫の吉田享さんが上記の訃報をツイートしたのは、昨年12月15日の夜だった。このツイートは15000回以上もリツイートされ、ネット上には同業者や読者からの水玉さんの死を悼む声があふれた。わりあい距離が近かったこともあり、水玉螢之丞という希代のイラストレーターがSF界の外でどういう存在なのか、あまりぴんと来ていなかったのだけれど、亡くなってから、その影響力の大きさにあらためて驚かされた。
水玉さんとはじめてお目にかかったのは、1992年5月3日のSFセミナー合宿。当時、アスキーの月刊誌〈EYE-COM〉に水玉さんが連載していたイラストコラム「こんなもんいかがっすかぁ?」を愛読していて、この人はきっと重度のSFマニアに違いないとにらみ(知人を通じて確認したような気もするけど、よく覚えてない)、一面識もないのにいきなり電話して、「SF好きですよね、SFセミナーっていうイベントがあるんですけど、遊びにきませんか?」と誘ったのが最初だったと思う。見ず知らずの人を相手に、そんな大胆な行動に出たのはあとにも先にもこのときだけですね。
呼ばれるがまま、本郷のふたき旅館に訪ねてきた水玉さんと、その夜はじめて出会い、予想をはるかに上回る(やや屈折した)SFマニアぶりに感動してますますファンになり、そこから20年余にわたる長いつきあいが始まった。