松岡正剛の「謎」の謎
—— 冒頭の問いに戻りますが、やはり松岡さん自身のことで、「謎」に思っていることがあるんです。
松岡 はい。
—— 今は池上彰さんですとか、答えを分かりやすく教えてくれる人、謎を解き明かす人っていうのが求められていますよね。でも、松岡さんはこうして話していても、答えがわかったという感覚ではありません。
松岡 ふふふ。
—— なにかを掴みかけた気がするんですが、肝心なところはどんどんわからなくなる。これまでの話を聞いて、それは意図的にそうしているのだとわかりましたが、では、どうやってそれをコントロールしているんでしょうか。
松岡 たとえばティラミスをまだ知らないときと、初めて知ったときと、実際に食べた時って違いますよね。本も「読前」「読中」「読後」というものがあって、「あ、新作だ」って手にとるときと、「この分野ってなんだろう」って思うときと、ちょっと読んでみて「どこの棚にアーカイブしようか」って考えるときの読み方には違いがありますよね。
—— はい。知らないものを知った後に、これはうまいとか、まずいとか、自分なりに整理をする作業ですね。
松岡 そうするとね、一番最初に浮かんだ疑問というのは、次第に忘れていくんですよ。
—— そうですね。
松岡 僕がいつも心がけてるのは、読者や聞き手を、その最初の疑問が浮かぶ「事前の世界」に連れて行くことなんです。その人の中の「幼な心」だとか「フラジリティ」(脆さ)とか「バルネラビリティ」(脆弱性)とか、知らなかったけど懐かしい「アンノウン・メモリー」のような世界を思い出させるのが僕の仕事だと思っています。
そこでは答えはもともとひとつではない。僕が謎めいて見えるのは、そういう部分かもしれませんね。
—— 僕らはそうした「事前の世界」を想像したほうがいい、ということなんでしょうか?
松岡 したほうがいいですね。僕たちはたくさんの動機をもとに選択をするわけですよね。でも、本当は選択をする直前のほうが、もっとたくさんの選択可能性を持っていたわけです。
—— たしかに、そこには無限の可能性がありますね。
松岡 現代は動機を持ってから何かを選択するまでが短い。どんどん短くなってきている。かつては、選択前の自由度の高さが、そこで不安が生まれたり、努力を要したりするドラマ性を保証していたんです。
—— 知らないことを夢見ながら、期待を高めて奮闘すると。
松岡 そうです。だから僕は、多様な選択の中でたゆたっていく状態を作りたいんですね。答えが決まりきった世界なんて生きづらいでしょう。
フラジャイル——弱さの強さ
—— 事前の世界でたゆたうことの良さもわかりますが、その世界にずっといられるのは強い人だけではないか、という気がするんです。人は答えを求めたくなってしまう。たゆたうことに耐えられない弱い人はどうしたらいいんでしょうか。
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