「こちらを志望した理由は?」
「はい、『時代の風を感じとり、世界に目を向け常に変化に挑戦する』、そして、『グローバルで革新的経営により、社会との調和ある成長をめざす』という企業理念に、いたく感銘を受けたからであります」
*
「ふぅ」
外に出ると自然と息が漏れた。六年ぶりの面接。といえども、こんなに気が張り詰めた面接は初めてだった。
何せ、美沙がDNSへ入社したのは学校推薦。面接は嫌な緊張感もなく、終始笑顔で穏やかな空気が充満していたと記憶している。確実に手ごたえも感じられた。
それが今日ときたら……。自分でも想定外なほどに緊張し、顔が引きつってしまった。志望理由が企業理念そのまんまって。というのも、六年前とは空気がまったく違っていた。正直、美沙は臨機応変に対応できると自負していた。しかし、ピーンと張り詰めたその空気に美沙は気圧され動揺した。視界から色彩が消し飛び真っ白になった。
詰まる所、しっかりと暗記をした企業理念しか口にはできず、臨機応変どころか杓子定規な印象を与えてしまったのではないか、とさえ思わされる結果となった。新卒の就活生の方がよほど気の利いたことを言うであろう。
社会人生活六年。私はこの六年で何を培ってきたのだろうか。いや、何も培っていないのかもしれない。空っぽな自分が悲しくて、悔しくて——情けない。
やり場のない気持ちを抱えながら、とりあえず近くの公園に入りベンチに腰を下ろした。
「面接、確実に落ちただろうな……」 小さく心でつぶやく。
「浅井さん」
えっ? まさか平日の真昼間、こんなところで知り合いに会うはずはないと思っていた美沙は、恐る恐る振り返った。面接帰りというこの状況が、恐れの感情を増幅させていた。
うそっ。
「やっぱり浅井さんでしたか。東京第二ビルからでてくるところをお見かけしたもので」
つけていたの!?
「せっかくの有給休暇、リクルートスーツを着て、セミナーにでも参加されていたのですか?」
坂井は美沙のリクルートスーツをしげしげと見つめながらいつもの抑揚のない声音で言った。
(セミナー、なわけがないじゃない。まったくもって意地が悪い。)
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