「俺の父親が捕まって、ドイツに送られたんだ。頭に穴が開いてなぁ」
「何があったの?」
「戦争だよ」
ルネおじいちゃんはパイプを深く吸って、そのけむりを解放するようにぽこっと宙へ浮かべた。タバコとはまた違う、甘くまろやかな香りが広がる。
「戦争が始まってすぐ、俺の父親は頭に爆弾の破片を浴びてな。それで頭に穴が開いた」
「ええっと、それは何戦争だろう? おじいちゃんが生まれる前のことだから……」
「第一次世界大戦だな」
私が計算するより早く、おじいちゃんはそう答えた。
第一次世界大戦、って、私も社会科のテストで書いたことがある。
正直私にとって、第一次世界大戦とは教科書の上の文字であり、NHKかなんかの特番で見る白黒フィルムであり、「1192(いいくに)つくろう鎌倉幕府」みたいなノリで「1914(いくひとしんだ)一次大戦」と覚えた語呂合わせであり……つまりは、遠い昔に起こったモノクロの出来事だった。
そんな自分をどこか恥じながら、私はこう言った。
「それは……なんというか、たいへんおつらい思いをされたんでしょうね、戦争のせいで」
「いや、俺は戦争の後に生まれたからな。小さかった俺にとって、戦争は『パパの頭に開いた穴』のことだったよ」
そう言ってルネおじいちゃんは肩をすくめた。いかにもフランスっぽいしぐさ。
「それでお父様は、頭に穴が開いてしまったあと、どうやって生き抜いたんですか」
「敵国ドイツに拾われたんだよ。……と言えば聞こえはいいが、いわゆる捕虜だな」
戦争。捕虜。敵国。私はルネおばあちゃんの顔をうかがう。そういう単語で、おばあちゃんが辛いことを思い出しては申し訳ない。戦争の話は、「知らなければならないが、聞いてはいけないこと」のような気がしている。
「ねえルネ、あの話をしてちょうだい?」
しかし、ルネおばあちゃんはソファにちょんと座り直し、お話をねだる女の子のようにそう言った。おしゃべりが大好きなルネおばあちゃんは、シャンパンに口もつけず、話に入るタイミングをうかがっていたのだ。
「私ね、あの『手紙の話』、大好きなのよ。人生というものは、奇跡の積み重ねだとあらためて思えるから。何度も聞いたけれど、何度でも聞きたいの」
「そうだな……」
ルネおじいちゃんはシャンパンを自分でつぐと、ゆったりと一口、喉をうるおした。妻と私より、ルネおばあちゃんより、この部屋にいる誰よりもお酒の進みが早い。
「それじゃあ、始めようか。俺の父親が、頭に穴なんか開けられたのに、どうやってしぶとく生き残り命を継いだのかっていう話をね」
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