入院1か月で、300人がお見舞いにくる友人
—— 『友だちの数で寿命はきまる』は、もともとTEDで石川さんが話された講演がもとになっているんですよね。
石川善樹(以下、石川) そうなんです!
—— この講演は、とてもおもしろかったです。寿命に影響を与える要因はなんなのかと考えたときに、肥満や運動、お酒、煙草よりも「つながり」のほうが大きかったという。
—— この本は『友だちの数で寿命はきまる』というタイトルですが、主題は幸福についてなのかなと感じました。つまりは、「幸せだと長生きできるんだ」というメッセージなのではないかと。
石川 いやー、さすが加藤さん! 完全に見抜かれてしまいましたね(笑)。おっしゃる通り、根本の想いとしては、そういうつもりで書かせて頂きました。
—— そして、幸せの要因として「つながり」が重要だと。「つながり」というのは、そもそもどういうものなのでしょうか?
石川 そうですね、「つながり」といっても、友だちとのつながり、職場でのつながり、家族とのつながりなどたくさんあります。
TEDでは入院1か月の間で、2、3度もお見舞いに来てくれる人が300人もいる友人の話をしました。残念ながら彼は、後に亡くなってしまいます。めちゃくちゃいいやつで、最高の友達でした。なんといっても、僕と同じ時期にニートをしていたのですから。お互い寂しさを紛らわすため、渋谷でよく飲んでいました。
—— 石川さんがニートをされていたのは意外でした。
石川 そうなんですよ。それで、こんなにも毎晩、友だちと飲んでいるなら一緒に住んでしまったほうがいいのではないか、ということになり彼はシェアハウスを始めました。
—— 石川さんもそのシェアハウスにはよく行かれたのですか?
石川 はい、よく通っていました。はたから見ていて、一緒に住むのはすごく楽しそうでした。彼はそれをきっかけとして、シェア物件専門の賃貸情報サイトを立ち上げました。ニートから抜け出したんですね。僕はそれを見て焦って、ハーバード大学に留学することを決めました(笑)。
—— そうだったんですね(笑)。
石川 彼は僕にとって親友でもあり、ライバルでもありました。しかし、ハーバード留学から帰って数年した時、彼は悪性リンパ腫という血液の癌に冒されていました。大変な病気です。
すると自分に変化が起こりました。つまり、自分は今日会社に行きたいのか、彼に会いたいのか、毎日悩むようになったんです。いま会わなかったら一生会えないかもしれない。僕は悩んだ末、半年間仕事をしないで、彼と毎日会うことにしました。29歳の時でした。
—— そのときは就職していたんですか?
石川 就職というより、自分たちで会社をしていました。まわりからは当然、怒られましたよ。「あいつは、おかしくなってしまったのではないか」と。
「今日一日、誰と過ごしたいのだろうか」という問い
石川 彼は一度、症状がよくなって退院することができました。一緒にいてなにをするかというと、テレビゲームをしたり、ゴルフの打ちっぱなしにいったり。ようするに、ずっと遊んでいるんです。
でも悪性リンパ腫は、再発する可能性がありますから。たわいのないことしかしなくても、とにかく毎日、一緒にいたかったんです。「今日一日、誰と過ごしたいのだろうか」ということを考えるきっかけになりました。
—— 普通はそこまで考えませんもんね。「また今度、会えるし」という感覚で。
石川 そうですよね。でも冷静に考えると、誰かに人生で会える回数は限られています。親にだってあと何回くらい会えるかわかりません。友だちの病気というきっかけがあって、そういうことを真剣に考えるようになりました。
—— なるほど。実体験を通して、幸せについて考えるようになったということですね。
石川 はい。もう一つは、僕自身の研究が関係しています。「幸せってなんだ」「充実した人生とはなんなのか」ということを哲学者や研究者たちが、ずっと考えてきました。快楽を追求することが大事なのか、それとも意義ある人生が大切なのか、などです。でも今の結論としては、どんな人生であれ、楽しかった瞬間や幸せだった瞬間は必ず他人と一緒にいることがわかっています。
—— 個人的な体験ではなく、研究成果としてそういう結果が出ているんですか?
石川 そうですね。昔から孤独な人は早死にするということはわかっていました。人とのつながりが多いほど、長生きすることがわかり始めたのは、1980年代以降。それまでは、どちらかというと個人の要因が注目されていました。感染症や煙草などが代表例です。
—— 科学研究は個別に分解して調べていくプロセスが多いですから、最初は個人の要因を注目するわけですね。
石川 おっしゃる通りです。しかし、個と個の間の関係性、社会をネットワークでとらえるという考え方が20世紀後半に出てきました。いくつかのきっかけがあり、その急先鋒はハリソン・ホワイトという「知の巨人」と呼ばれた物理学者です。彼がソーシャルネットワークを数理的に考える手法を社会学に持ち込んで革命を起こしました。また健康分野でソーシャルネットワークを考え始めたのが、リサ・バークマンをはじめとする研究者たちです。彼女たちは、つながりが多いほど、長生きであるということを発見しました。
早死にしやすい性格がある?
石川 リサ・バークマンたちが、もともとなんでそんな研究をしようと思ったのかというと、第二次世界大戦が終わった後に、WHO(世界保健機関)が健康の定義をするんですよ。それによると、健康とは、「肉体的、精神的、社会的に満たされた状態である」ということになっています。
—— 肉体的、精神的は当然な気がしますが、そこに、社会的な関係性という概念が追加されているわけですね。
石川 単に疾病がないだけではなくて、社会的にも完全に満たされた状態でないと健康ではないということです。
—— 体は「元気」でも、社会から孤立していたら「健康」ではない、と。
石川 そうですね。では、肉体と精神と社会とだと、どれがどのくらい重要なのかということが疑問だったんですね。
石川 コホート研究というんですけど、最初に何千、何万の人たちをサンプルとして集めるんです。その人たちを、10年、20年くらい追いかけていって、どういった特徴の人が長生きするか、早死にするかを調べる研究手法です。
—— 肉体や精神的な要因も調べたうえで、つながりが特に重要だと突き止めたんですか?
石川 はい、その通りです。アメリカでは、孤独な人は死亡率が2倍になるという調査結果もでています。感染症が主な研究対象だった頃は、病気に対して原因は1つでした。1対1の関係ですね。しかし、心臓病や癌は、原因がたくさんありすぎて、どれがどれだかわからない。ですから、研究の対象が大きく広がっていったんです。たとえばイギリスでは、「タバコとストレスと性格は、どれが健康に影響を及ぼすか」という研究も行われました。
—— どれが大きかったのですか?
石川 ガンや心臓病の原因としては、タバコよりもストレスや性格の影響が大きいと報告されました。たとえば、性格と健康の関係としては、「過度に楽観的な人は早死にしやすい」ということがわかっています。
—— お酒を飲み過ぎても大丈夫かな、とかですかね。太りやすそうでもあります。
石川 そうそう! 過度に楽観的だと、慎重性に欠く行動をしてしまうんですよね。あとは、過度に社交的な人も駄目みたいです。飲み会が増えてしまうことが一つの原因でしょうね。
—— 研究っておもしろいことを教えてくれますね。
石川 そうなんです! 僕ら研究者は、「学問」を生業としています。そもそも学問って、「問いから学ぶ」と書きます。だから、学問においては、「どういう問いを立てるのか?」というのが、まさに研究者のセンスになります。たとえば先の「タバコとストレスと性格は、どれが健康に影響を及ぼすか」という問いの立て方は、すごいセンスがいいですよね。
—— すると「つながりと健康」を調べた研究者も問いのセンスがいいですね。
石川 おっしゃる通りです! つながりが、肥満や運動、お酒、煙草よりも健康に大きな影響を与えるという研究は、問いの立て方がバツグンだなと感激すら覚えます!!
次回「健康のため、知らない奥さんに『ありがとう』の練習を」12/17公開予定
聞き手:加藤貞顕 構成:宮崎智之
書籍の一部抜粋しcakesで特別掲載しています。ぜひ併せてお楽しみください。