新しいことをやるときに、専門家は存在しない
—— 前回、デザイナーを企画者に育てていきたい、という話がありましたが、いい育て方はあるのでしょうか。
川上 クリエイターやプロデューサーって、基本的に育てられないと思われてるじゃないですか。勝手に生まれるものだとされている。でも、生まれる環境をつくることはできると思うんですよね。それは裁量権をもたせること。しかも、多すぎる裁量権を。
—— 適正ではなく、多すぎる方がいいんですか?
川上 企画者とプロデューサーってほぼ同じだと思うので、プロデューサーで話しますね。プロデューサーの仕事って、成功させることなんです。そして、成功させるための手段の範囲は限らないというのが、正しいんです。プロデューサーってそういうものなんですよ。そこに制限があったら、プロデューサーの仕事ではない。
—— たしかにそうですね。
川上 制限された環境のなかでは、結果は出しにくいですよね。そもそも、成功するプロジェクトって、他とは違う前提条件を持っているものなんですよ。よそと同じ前提条件でヒット作を出し続けるプロデューサーなんかいません。だから、いいプロデューサーが生まれるには前提もなにもない多すぎる権限を与えて、枠を突き破らせるのがいいんです。
—— でも、経験がない人に大きな権限を与えるというのはなかなか……。
川上 勇気が入りますよね。
—— リスクもありますよね。
川上 はい。そして実際に、失敗も多いんですよ。
—— それは会社の体力と、経営者の度胸が試されますね。
川上 そうですね。でも、成長する人ってだいたいそういう環境にいた人だと思うので、やったほうがいいですよね。何でもやらされて、何でもやらないといけない環境で、人間ははじめて自分の頭で考え出すんです。これって、ベンチャー企業の黎明期にはすごい人がたくさん誕生しても、会社が大きくなると誕生しなくなることにもつながっています。会社が大きくなると、一人ひとりの裁量が自ずと小さくなりますからね。
—— それを、大きな会社であるドワンゴでもやっていくんですね。いまでもよく経験がない人に、大きなプロジェクトを任せたりしてるんですか?
川上 最近成功しているのは、イベントまわりですよね。将棋電王戦とかダイオウグソクムシ関係で新しい人材が出てきています。
—— そうか、ドワンゴにとっても新しい領域ですもんね。
川上 そうなんですよ。やっぱり、新しいことをまったくの素人にやらせるって有効な手法なんですよね。ニコニコの政治や報道のジャンルが成功したのも、政治のバックグラウンドがまったくなかった人に任せたからですよ。
—— 知らない人にいきなり任せるのはすごいです。普通は、ちょっとくわしい人を担当にしたくなりますよね。
川上 だって、社内にくわしい人がいないんだもん(笑)。しょうがないですよね。ネットで新しいことをやろうと思ったら、どのみち素人を投入しないといけないんですよ。だって、政治にくわしい人は世の中にいるけれど、ネットと政治の両方にくわしいちゃんとした経験者なんて存在していないも同然なんです。
—— たしかに。
川上 そうしたら、白紙の人のほうが逆にやりやすいですよね。
—— なまじ知っていると、余計な空気とか読んでしまいそうですね。
川上 そう。将棋の電王戦もね、将棋の歴史を知っていたら、恐れ多くてできないようなこと、僕らはいっぱいやってると思うんです(笑)。
—— 長年、将棋界を見てきたものとしては、「えー!」と驚かされることばかりです(笑)。
川上 ですよね(笑)。それは、素人だからできるんです。
—— 無茶に見えることも、これまで誰も言わなかっただけで、お願いしてみると、棋士の方もすんなりやってくれたりしますしね。
川上 そう。そのほうが、世の中に新しいものを出せるわけじゃないですか。僕は、素人の感覚はすごく重要だと思います。ネットってやっぱり、まだ新しい世界なんです。そこでなにかをやるときに、専門家である必要はない。もちろん、専門家のアドバイスを取り入れることは必要です。でも、その専門家はネットで何をやればいいのかは、知らない。この新しい世界では、どんなジャンルの専門家も素人も、平等なんです。だから、むしろ専門家より素人がやったほうがうまくいきます。
—— でもその素人って、誰でもいいわけじゃないですよね? うまくいかせられる人と、失敗してしまう人に分かれるんじゃないでしょうか。川上さんはどういう人がいいと思っていますか?
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