八月七日
「水上君、ちょっと聞きたいんだけど……」
「え、何?」
いつも通り公園に三人でいるとき、僕は藤沢さんに話しかけられた。珍しく彼女から声をかけてきたこともあって、僕は少し動揺しながら言葉を返した。
「どうして星が好きになったの?」
とても素朴な質問だった。これまであまり訊かれたことのない質問の答え、僕はいろいろと考えを巡らせながら真剣に話す。
「もともと天文学が好きだった父親の影響もあるんだけど、一番の理由は……。小学生の頃に一度だけ飛行機に乗ったことかなぁ」
「飛行機?」
星と飛行機にどんな関係があるの? とでも言いたげな表情で藤沢さんは訊いてきた。
「そう。初めて飛行機に乗ってさ。窓の外の景色をずっと見ていたら、どんどん飛行機は上昇していって、そのうち空を抜けて雲の上にまで行っちゃって。雲とか星って、普段だったら空を見上げて眺めるものでしょ? それがさ、飛行機の窓の外では、雲が自分の目線の下にあるんだよね」
興味深そうに彼女は僕の話を聞いてくれている。それが少し嬉しかった。
「雲の上の景色はめちゃくちゃ青くて、そこから上のほうを見ると徐々に青が濃くなってて。さらに上のほうはどんどん暗く、真っ黒な色になっていて。それを見てたら、この雲の上のずっとずっと向こうは宇宙なんだって感じて。ああ、宇宙ってちゃんとあるんだなって。そんなの当然で当たり前の知識なんだけど、実感が伴ってなかったんだ。雲の上の世界まで行って、ちょっとだけ宇宙に近いところを見たことで初めて実感したんだ」
「実感か……」
藤沢さんが独り言のように呟いた。
「こんな感じで、いつか宇宙まで行ける日が来るのかなって。そう思ったら、星とか宇宙とかいろいろ知りたいと思うようになったんだ」
「なんだかいいね、そういうの」
少しはにかむ彼女。その肯定の笑みが、とても綺麗に見えた。
「大真面目に話しちゃって、ちょっと恥ずかしいな」
僕は少し照れくさくなってしまい、ごまかすように言った。
「じゃあ、河村君は? 君も好きなんでしょ? 星」
「えっ!? 俺?」
突然話を振られて戸惑う智史。
「いや、まぁ……俺も、飛行機……?」
どうして疑問系なんだよと、口には出さずに内心で突っ込む。
「ふーん……」
「訊いて損したって感じのリアクションだね」
「うん、なんかガッカリ」
「そんなこと言われても、だってこれ、夏休みの自由研究でやってるだけだし」
藤沢さんの冷たい目線を肌で感じ、智史が言い訳する。
「それは知ってるけど、二人とも星が好きだから選んだんじゃないの?」
「いやぁ、俺は別に。ただ悠治が星に詳しいから、二人で共同でやったことにしようと思ってさ」
「……それって結局、河村君が楽したかっただけなんでしょ?」
まったくもう、と
「うん、悠治にも同じこと言われたよ!」
「ふふふ、やっぱり」
そう言って藤沢さんは楽しそうに笑った。最初の頃は落ち着いたクールな印象だった彼女も、いつの間にか自然と屈託のない笑顔を見せるようになっていた。
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