腕を振る回数から、その日のスケジュールが決まる
佐渡島庸平(以下、佐渡島) 僕はこの本の冒頭の、エネルギー保存則が人間の行動にも当てはまるという主張が、ものすごくおもしろいと思ったんです。これは、矢野さんがもともとデータサイエンティストだったからではなく、物質のふるまいを観察・分析する物性物理学の研究をされていたからこそ、たどり着いた知見なのでしょうか。
矢野和男(以下、矢野) そうかもしれません。人間には「意思」や「思い」があるから、人間の行動はエネルギー保存則なんて単純なものには当てはまらない、と考えられそうですよね。だって、ある作業をがんばろうと決めたときはいつもよりも長くその作業に時間を使うし、今日は怠けようと思ったら作業にかける時間が少なくなる。それをコントロールしているのは自分だと思うのが普通です。
でも、リストバンド型のウエアラブルセンサで腕の動きのデータを集めて解析してみたら、そうじゃないことがわかりました。
佐渡島 人は1日で平均約7万回の腕の動きがあり、しかもそれが、「1分あたり何回動いたか」という運動量によってきれいに配分されている、とありましたね。
矢野 そうなんですよ。これはもう非常に規則的です。1分間に60回以下の動きが、1日の腕の動きのうちの2分の1、120回以下が4分の1、180回以下はさらに8分の1です。いまやろうとしていることが1分間に何回くらい動く作業なのか考えると、それを1日の睡眠時間を除いた活動時間のうち、何割くらいに割り振れるのかは、簡単に計算できるんですよね。
佐渡島 例えば、こういうミーティングはどれくらいの動きになりますか?
矢野 だいたい1分間に100回くらいの動きですね。
佐渡島 あ、けっこう動いてるんですね。さきほど、メールを作成しているときは、1分間に約96回とおっしゃっていました。
矢野 そうですね。だいたい、歩く動きが1分間に240回なので、それを参照してもらうとわかりやすいと思います。本の中には「帯域」という概念が書いてありますが、1分間に60回以下の活動は1日の活動時間のうちの2分の1、1分間に60~120回の活動は4分の1、120~180回の活動は8分の1の時間を割り当てないといけないんです。これはU分布という統計分布に従っています。
佐渡島 それぞれに割り当て時間が決まっていて、それを融通できないというのがおもしろいですよね。原稿を書く行為の帯域は、1分間に50回~70回。それに割り当てられている活動予算は決まっているから、1日中原稿を書くことはできない、とあって「なるほど」と思いました。しかも、プレゼンテーションの動きは1分間に120~180回と激しい動きだから、1日のうちで原稿書きよりも長時間プレゼンをすることはできない。
矢野 U分布に従えば、体の動きが活発な行動を、静かな行動よりも長時間行うことはできませんからね。無理して一つのことを長時間やろうすると、だらだらしたプレゼンになったり(活動量を下げる)、原稿に集中できなくてうろうろしたり(活動量を上げる)と、他の帯域の活動予算を使いきろうとするんです(笑)。だから1分間に200回くらいの動きというのは、貴重ですよね。全体の8分の1の時間しか使えないので、使いどころを考えないといけません。
佐渡島 体力ではなく、時間でエネルギーの配分が決まっていると考えると、生活の仕方が変わりそうです。電車の中で自分が座りたいと思うのも、その日の立っている分の活動予算を使い切っちゃったからかもしれないですよね。
矢野 ああ、そうですね。でも、もっと活動量の多い動きやメール返信などの帯域の活動予算は残っているかもしれない。
佐渡島 スケジュールを組むときも、この日は移動が多くて1分間に180~240回の帯域の活動予算を使い切ってしまうから、もうアポイントを入れないでおこうなんて調整ができそうです。そうしたほうが、単に時間があいているからとアポイントを入れるより、効率的な時間の使い方ができるということですよね。
僕はいま常に時間に追われているので、どうやったら時間効率をあげられるのかということをすごく考えているんです。だから、この本を読んで「ウエアラブルセンサで、自分の活動量を知りたい!」といてもたってもいられなくなって、すぐに買ってきました(笑)。