自己主張はしない
テレビの仕事をするようになって、気がつけばもう30年以上になります。30代の終わりころに初めてテレビ出演して、僕も今年で67歳ですから、本当に年月が過ぎ去るのは早いものです。 本来、漫画家であるはずの自分が、どうしてタレントとしてテレビに出続けているのか、自分でもちょっとわからなくなることもあります。ただ、経験上、ひとつだけはっきり言えることがあります。
もし、テレビに長く出続ける秘訣のようなものがあるとするならば、それは〝自己主張をしないスタンス〟を貫きとおすことです。だから、僕は恐ろしいくらいに自己主張はしません。収録時間が限られているテレビの現場で自己主張しても、なにもいいことはありませんよ。とりあえずのところは、番組の趣旨に合わせて、ディレクターさんの言うとおりに動いていれば大丈夫。で、ときどき自分の意見を求められたら、自分の思ったことを素直に言えばいい。
本業は漫画家ですから、自分の漫画を描くときは自分で思いつくままに自由にストーリーを作っていきます。でも、テレビに出る場合はそこにディレクターさんがいて、プロデューサーさんもいる。彼らは何度も何度も打ち合わせを重ねて収録に挑んでいますよね。そう考えれば、もう、自分の思うようにできない場面だっていうのは最初からわかりきったことなんです。
たまに、映画やテレビドラマで役者の仕事をすることがありますけれど、そちらの方がもっと〝まな板の上のコイ〟状態です。これ、無関心とかということではなく、僕のなかですごくはっきりしているポイントがあるんです。
映画やドラマっていうのは、基本的に監督さんのものだと思っているんですよ。ちょっと前に、ダウンタウンの松本人志さんが、とあるテレビで「監督は神」と仰っていました。まさにそのとおりで、役者っていうのはその監督さんの言われたとおりに動くべきであると僕は考えています。 だから、自分から「次のシーン、台本にはこう書かれていますが動きを変えてみましょうか?」「監督、この台詞はこうアレンジしてもいいですか?」みたいな提案は一切しません。現場で観察していると、役者さんによっては自分の考えを言う人もいるみたいですが、そういう言動は監督さんも本音としてはイヤがっているんじゃないかなあ。もし、僕が監督の立場だったら、「あら、ちょっと面倒くさい役者さんだなこれは」って、きっと思うことでしょうからね。
僕は映画を観るのが大好きで、暇なときはよく映画館に行きます。自分が映画を観るときも「この監督さんの映画だったら、絶対に面白いだろうなあ」という視点で作品を選びます。山田洋次監督の映画だったら、きっと面白いだろうとかそういうことです。 逆に、出ている役者で観る映画を決めることってほとんどないんじゃないかな。僕にとって映画とは、あくまでも監督さんのものなんですよね。そして、テレビはディレクターさんやプロデューサーさんのものだと、そう解釈しているんです。
だって、よく考えてみれば、テレビとか映画のように、たくさんの人が出入りする現場で、ひとりひとりが自己主張していたら、絶対に上手くいかないですよね。若い人は「セッションする」なんて言って、意見を言い合うことをポジティブなこととしているようだけど、僕からするとあまりそうは思えない。
これって一般の会社組織でも同じなんじゃないかな? 社長も部長もずっと自己主張して、平社員もまた自己主張していたら、まともな組織なんて成り立たないですよ。 もちろん、自分の意見を求められたときは、正直に自分の意見を言ったほうがいいでしょう。でも、そうじゃないときは、自己主張なんてきっとしないほうがいい。
テレビタレントだって役者だって、普通に会社で働いている人たちと同じなんです。誰かに雇われた上でその現場にいるわけですから、言ってみれば従業員みたいなものですよ。そうやって誰かに雇われているときは、雇っている人に対して、なるべく従順にやるべきだと僕は割り切っています。なにしろ、それでお金をもらっているわけですからね。それがもし、自分の会社だったらその人の好きなようにやればいいでしょう。でも、雇われている以上は、その会社はやっぱり〝ボスのもの〟なんです。
こういう意見って、もしかしたら、あまり胸を張って言うことではないかもしれませんよ。でも、テレビに出るようになってから、僕は一貫してずっと自己主張をしないようにしてきました。求められたことを淡々と精一杯こなすだけ。でもそれが、僕が芸能界でここまで生き残ってきた、なによりの秘訣です。
楽屋あいさつはしない
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