こんなこともあった。
私がとても恩義を感じ、尊敬していたある人物のために、麻雀の賭場を開いて汚い手口で荒稼ぎしていた新興のヤクザ組織に、麻雀で闘いを挑んだことがあった。
場に出てきた相手方の打ち手は、2人の裏プロだった。こちらについているのは、私の同僚でそこそこ麻雀が打てる素人だった。
相手の裏プロはグルだった。1人は賭場を開いている金バッジをつけたヤクザ組織の幹部、もう1人は雀クマ(雀荘を転々とし、素人を食い物にして稼ぐ裏プロ)。予想していたことだが、彼らはお互いにサインを送り合うなど裏の手を露骨に使ってくる。
だが、そんなことはおかまいなしに、流れをつかんだ私は2回戦でトップになり、5回戦までその座を渡すことはなかった。
5回戦が終わった段階でこのままでは負けてしまうと思ったのだろう、険しい顔をした2人組は休憩を取ろうというなり立ち上がり、私を強引に地下の倉庫に連れ込んだ。
そこには金バッジの兄貴分と思われる男がいた。金バッジは「お前、クマ公だろ!」とすごみながら、日本刀を私の頬に当ててきた。
「生きて帰りたいなら負けろ。勝ったら殺す」
そういわれても動じない私を見て、一層興奮した金バッジが、いきなり私の左手小指を思い切りねじりあげた。
激痛が走った私は「この野郎!」とばかり、金バッジにつかみかかろうとしたが、日本刀を頬にぐいっと押し付けられた。兄貴分は「わかったな」という目で私を威嚇し、「次は指一本じゃすまねえぞ」と捨てゼリフを吐いて倉庫から出て行った。
そんな状況の中で6回戦が始まった。指はずきずきと痛み出し、両手を使っての積み込みはとてもできる状態ではなかった。
だが、脅されても私の腹は決まっていた。汚い手を使った連中に負けるくらいなら死んだほうがましだと。中断を挟んでも、勝負の流れは変わっていなかった。
そのとき、突然チクリと背中に痛みが走った。どうやら背中に日本刀の切っ先を突きつけられたのだ。それでも私は構わず打ち続けた。
8回戦に入り、私がツモ和りしたとき、我慢もここまでと金バッジが私の背後にいる男に鋭く目配せした。一緒に卓を囲んでいた私の同僚が、驚いたように後ろに飛びのいた。
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