あらすじ:凄腕のリストラ請負人・村上真介のターゲットは、大手家電メーカー、老舗化粧品ブランド、地域密着型の書店チェーン……そして、ついには真介自身!? 逆境の中でこそ見えてくる仕事の価値、働く意味を問い、絶大な支持を得る人気シリーズ、堂々完結。
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「ピポーン、おつかれさまでした」
タイムレコーダーから流れる人工音声に、事務所にいた社員全員が顔を上げた。
「そっか、今日LIVEか」
「すいません、給料日後の金曜日なのに」
早番シフトの定時は過ぎていたが、KANAE以外の社員は、まだまだ仕事が終わりそうにない。
「何言ってんだ、気にせず弾けてこいよ!」
「がんばれ、書店の未来のために!」
「いってらっしゃーい、ポンポンポーン♪」
現場の同僚は、いつも通りの笑顔で彼女を送り出す。KANAEはいつも、彼らの応援と協力に助けられてきた。
ずっとここにいられると何の根拠もなく信じていたけれど、これからはひとりで戦わなくてはならない。じわりと浮かんだ涙を誤魔化すように、とびきりのアイドルスマイルで、「いってきまーす!」と手を振った。
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「カバー♪ おかけしますかー!」「イェーイ!」
「お支払いは♪ 図書カードですかー!」「イェーイ!」
今夜は、大手書店チェーンから、可愛くて歌の上手い女性店員を寄せ集めたアイドルグループ「HYS(本屋さん)」のLIVEだ。
三省堂書店 神保町本店8階の多目的ホールは、オールスタンディングの満員。大物作家のサイン会や講演会にも負けない盛り上がりで、三省堂書店の堅牢な自社ビルを揺らす。
「立・ち・読・み・ポンポンポーン♪」
ポンポンポーンのところでそろってお尻を振る、お決まりのダンスに観客が沸く。
立ち読み男をハンディモップダンスで魅了し、最後は本を買わせちゃうというストーリーの歌詞は、メンバー4人で考えた。衣装はミニエプロンとミニスカートで、お尻にハンディモップを差すための専用ポケットが付いている。
エンジ・モスグリーン・紺・焦げ茶
モップの毛は、それぞれが勤務する書店のテーマカラーに染められていて、ファンは推しメンと同じ色のを持っている。
神保町の古書店街で掘り出し物を探すのが唯一の趣味だった本好き男たちは、メジャーなAKBやKARAには乗り切れない。しかし書店員という身近な存在からなる、どこか地味で文学の香りがするアイドル「HYS」には、どハマリした。
メンバーは夕方まで、それぞれの店で品出しをしたりレジに立ったりした後、定時であがってステージに立つ。元来、目立つことを好まない書店員たちだったが、お客が全員本好きとなれば話は違う。ファンとの強固な結束で、インディーズ・アイドルとしては驚異的な盛り上がりを見せ、シーンを圧倒した。
彼女たちの目的は、人気投票で1位になることでも、いち早く卒業して女優になることでもない。ただ、良い本を一冊でも多くの人に買って読んでもらうことにあった。
「ありがとうー!」
インディーズで出したファーストアルバムの中から数曲を歌い上げると、
ファンが心待ちにしている、BOOKコーナーが始まった。実はLIVEのメインはここなのである。
業界最大手チェーンの本店で文芸書を担当する、姉御キャラのKANAEが、今日の一押し本である垣根涼介の新刊『迷子の王様』を手に、ステージ中央へと進み出た。
KANAEを推しメンとするファンが、早くも「読むぞー!」と野太い声を上げている。
「ははっ、ありがとう。この小説はね、凄腕のリストラ請負人の村上真介が活躍する『君たちに明日はない』シリーズの新刊なんだ。
あたしは、この村上って男が大好き。人に恨まれる仕事だけど、クビ切る相手と誠実に向き合って、優しく、時に厳しくリストラする姿がかっこいいんだ」
本を愛しそうに抱きしめ、キスをする。
「村上コノヤロー!」
ファンから嫉妬の声があがる。後ろから、メンバーが口を挟んだ。
「確かそれで、シリーズ完結なんだよね?」
「そう、すごく残念ながらね。でも、最後の最後に、あたしたちと同じアラサーの女性書店員が、主役として出てくるんだ。しかもこれが、現実のあたしと、そっくり同じ状況で……」
KANAEはさらりと言ったが、さすが本好きの観客たちはこのシリーズをよく知っているようで、彼女の話の先を読み、どよめきが起こった。
「リストラのお話で、主人公が書店員ってことは、わかるよね。クライアントは別の会社との統合を決めた書店で、村上がリストラするのは……書店員」
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