知ってるも何も、ついさっきスクリーン越しに見た。この声、この顔——どう見ても本物だ。
わたしの反応から察したらしいその人、MIKUは、しーっと人差し指を立てて、周囲をうかがいながら身を縮めた。
「こっち」
何が何だかわからないままに手を引かれ、そのまま狭い路地に引っ張り込まれてしまった。
「ごめんね、ちょっと、見つかりたくなくて」
MIKUは、路地から少しだけ顔を出し、誰の気配もないことがわかると、ふうと小さく息を吐いた。
と、同時に。
「ぶはぁぁぁ!」
わたしは盛大に息を吐いた。いつの間にか呼吸も忘れていたのだ。
「な、なんで? どうして?」
当然の質問が口をついて出る。今や国民的人気の歌姫が、こんな何もない住宅街に一人でいるなんて、考えられない。
「ちょっとロケを抜け出してきちゃった」
いたずらっ子のように笑い、舌を出している。
やっぱり本物だ。
本物、なのだが……。
「マネージャーに見つかったら怒られちゃうから、ナイショにして? もうね、すっごく怖いマネージャーなの。女の人でね、普段はキリッとしてるんだけど、怒ると
と言って、指で自分の目を吊り上げて真似をしている。
わたしは、ただただ呆然としてしまった。
(な、なんか、イメージ違う……)
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