有楽町駅前の三省堂書店は、ラジオ番組を持っている。「三省堂ラージオー」という昭和っぽいジングルが流れる、生放送番組だ。
しかしどの番組表を探しても、三省堂の文字を見つけることはできない。
聞こえる人には聞こえるし、聞こえない人には聞こえない。
それでいい。そんなラジオだ。
*
今日はどうしてもお昼ごはんを作る気になれず、息子を連れて外食した。夫は会社で、いつもののり弁を食べたことだろう。
こんな贅沢をして申し訳ないとは思う。でも、このお金は私がパートで稼いだものだ。できるだけ息子に使ってあげたいと思っている。ごめんなさい、私はドリンクバーだけで我慢したから。
銀座を選んだのは、帰りに行きつけの「三省堂書店有楽町店」に寄ろうと考えたからだ。
大好きな小説の棚を見た後、旅行ガイドコーナーへやって来ると、ため息を吐いた。優柔不断な私には、『るるぶ』にするか『まっぷる』するかが、いつも決められない。値段も同じ、表紙もそっくり。中を見比べても、一体何が違うのかがわからない。そんな時、いつも私は、夫に尋ねた。彼は必ず『まっぷる』と答えるのだけれど。
「もうちょっと待っててね。あとで北海道のソフトクリーム買ってあげるから」
退屈し始めた息子は、壁際の棚に並べられた、高そうな機械のボタンを突っついてる。
「プッ・・・プツ・・・ラージオー」
どうやらラジオを受信したらしい。それは、NHKテキストと一緒に販売している、語学学習用の「ラジオサーバー」だった。
「お客様」
慌てて振り返ると、制服を着た女性店員が、ヘッドホン片手に微笑んでいた。名札には「新井」の文字。
「どうぞ、こちらでお試しください」
夫に似て激しく人見知りな息子は、あっという間にコミック雑誌コーナーへと逃げた。こういう時、私は彼の将来に強い不安を感じる。血は争えないんじゃないか。息子もその内ああいうことで苦しんで、そういうことで辛い思いをして、私にあんなことを言うようになるのか。
「ありがとうございます」
必死で笑顔を作って受け取る。昔から断れないタイプなのだ。息子に遺伝していたらと思うと、将来が不安で仕方がない。
「三省堂ラージオー こんにちはDJ・アライです」
アライだって? 新井? 足早に去ってもう姿の見えない店員と、どうも声が似ている。
最近の書店員は、ラジオでDJなんてやらされるのか。もしかして、私がPTAの役員を断れなかったのと同じ理由だろうか。しかし新井は、私のように気が弱いようにはとても見えなかった。ラジオの声も緊張は感じられず、むしろ楽しげだ。
「今日は、『るるぶ』の営業さんと『まっぷる』の営業さんがゲストです。ライバルでしょうけど、まずはお互い自己紹介をお願いします」
思わずボリュームを上げた。なんてタイムリーな話題だろう。このままラジオを聞いて、印象の良かった方のガイドブックに決めようか。
「こんにちは、『るるぶ』営業歴20年の伊藤です」
「こんにちは、『まっぷる』営業歴20年の藤谷です」
常に就職したい企業ランキング1位のJTBに、トップの成績で入社した『るるぶ』伊藤さんとは違い、夫は書類選考の時点で落とされた。それ以来彼は、『まっぷる』しか買おうとしない。
大手都市銀行から出版社に転職した『まっぷる』藤谷さんは、営業の仕事が好きで、現場から離れたくなくて、昇進を断り続けているという。それに比べてうちの夫は、先月名ばかりの部長にさせられ、月100時間以上の残業代が、1円も支払われていない。どんなにブラックだろうと、妻子のために辞められない、そんな風に何もかもを背負い込む夫の背中を見るのはやるせなかった。
夫と伊藤さんと藤谷さんは同い年だった。どうしてこうも違うのか。私と結婚したことが間違いだったのか。ラジオを聞いているのが辛くなってきた。
「バサバサーッ」
息子がNHKテキストの平積みを崩し、派手な音をたてたことで、我に返った。
慌てて拾おうと屈んだら、ヘッドホンのコードが突っ張って、ジャックが外れてしまった。店内に、「三省堂ラージオー」のジングルが響き渡る。
店員は行列のレジから出られず、四方八方に散らばった本を拾ってくれていたのは、新橋の会社で働いているはずの夫だった。
*
私たちは大学で出会い、「いとうせいこうが好き」という共通点で急速に仲良くなった。結婚後も、会話の半分は「いとうせいこうネタ」という、はたから見ればおかしな、でも当人同士はかけがえのない存在だった。
でも昨日、いとうせいこうが16年ぶりに書いた『想像ラジオ』という小説を巡り、大喧嘩をした。
結婚の理由がいとうせいこうなら、離婚の理由もいとうせいこうなのか。私はいとうせいこうを恨みたくないのに。
最近の夫は、連日の激務とエスカレートするパワハラ被害で、本を読む時間も、読もうと思う心の余裕もなかった。そこへ、大好きな作家の新刊小説を読んで気持ちが昂った私が、終電で帰ってきた疲労度マックスの夫に、ご飯を作ってあげることもお風呂に入れてあげることも忘れて、年甲斐もなく激しい情熱をぶつけようとしてしまったのだ。まだ10代の頃、はじめてふたりがいとうせいこうのすばらしさについて語り合い、交際を始めてしまったあの勢いで。
言い訳をするなら、それはいちばんそばにいる人に、今すぐ気持ちを伝えたくなる小説だったから。世界が揺れて水に埋もれてしまう前に、伝えなければ一生後悔すると思った。しかし私は、明らかに方法を間違えたし、無神経だった。想像が足りなかった。だってまだ、彼は『想像ラジオ』を読んでいないのだから。
その小説には、震災後の東北でボランティアとして働く男たちが、想像の中で聞く“想像ラジオ”の存在を巡り、意見が対立するシーンがある。
「亡くなった人の声が聴こえる、彼らの苦しみが想像できるなんて言ったら、それはとんでもない思い上がりだ。死者を侮辱している」
「いや、それでも耳を傾けることを止めてはいけない。亡くなった人が伝えたかったことを想像しないで、ボランティアをする意味があるだろうか」
同じ車で被災地に向かった彼らには、これほどの意識の違いがあったのだ。
同じ部屋で長年暮らしてきた私たちの意識も、気付けば途方もなく離れてしまっていた。
「俺はもうクタクタで、腹が減って、1秒でも早く眠りたいんだ。遠い、見知らぬ誰かが悲しい思いをしている。へぇ、そりゃ大変だ。でも悪いけど、彼らの気持ちを想像する前に、することがあるだろよと、君に言いたいね。小説なんて読む暇があるなら、もっと働いてお金を稼いで、寄付でもしたら?」
そこまで言わなくても。
私は『想像ラジオ』を彼に投げつけると、近所のマクドナルドで、泣きながら夜を明かした。“想像ラジオ”を聞こうと、必死に耳を澄ませながら。
*
私には、『るるぶ』か『まっぷる』、どちらにするかすら決められない。正直どちらもピンとこないが、保守的な私は、実業之日本社や成美堂のガイドを買ってみる勇気もない。
優柔不断で、流されやすくて、地図も空気も読めない女。
でも、東北へ行こうと決意した。子供連れの、経験も特技もない私ができることなんて、たかがしれている。私の軽自動車には、食料や日用品も、たいして積み込めない。そんなのただの観光旅行だと鼻で笑われるかもしれない。でも、『想像ラジオ』を持って行って、たまたま目が合った辛そうな誰かにそっと手渡すだけでも、行く意味があるんじゃないだろうか。私には何もできなくても、この小説なら。
「これ、受かりやすいって聞いたから買いに来たんだ。大丈夫、なんとかする」
夫の片手には、三省堂書店オリジナルの履歴書。
「プ・・・プツ・・・リスナーからのお便りです。ラジオネームは、いとうせいこう大好き男さん」
夫と目を合わせた。照れくさそうに、でも得意そうに、笑っている。
ヘッドホンのプラグが抜けたラジオサーバーから、DJ・アライの優しい声が聞こえてくる。
——『想像ラジオ』という小説を読んだ僕は、いとうせいこうが伝えたかった何かを想像した。そして、遠い、見たこともない人の悲しみを想像した。そして最後に、この小説を読んだ妻の気持ち、自分に伝えたかったことを想像した。
ごめんなさい。ありがとう。
僕も君も、ラジオDJをやれるようなキャラじゃないから、会えなくなる前に、きとんと伝えておかなきゃと思って。
そんな内容の、彼らしい、長い長い便りだった。
私たちは、『るるぶ東北』と『まっぷる東北』をそれぞれ持って、レジに並んだ。
今はまだ何もわからない。でもそれはふたりにとって、確かな前進だった。
私のるるぶを受け取った店員・新井は、すました顔をして
「こちらもいかがですか」
と『想像ラジオ』を取り出す。
東北へ持っていくために、確かにもう一冊必要だ。しかしうす気味の悪いほど気の回る店員さんだ。
「ありがとうございました。またどうぞお越しくださいませ」
その声は、やはりDJの声にそっくりだった。
(イラスト:宮鼓)
新井見枝香さんがレジの中にいる三省堂有楽町店に、ぜひ足を運んでみてください。果たしてみなさんは手ぶらでかえれるでしょうか——書店のいたるところにある愛ある特製POPには要注意です。
三省堂書店有楽町店
有楽町駅前の東京交通会館1・2階にある、活きのいい書店。同館内に全国各地のアンテナショップがあり、お買物のあとにソフトクリーム食べ歩きができることで有名。
東京都千代田区有楽町2-10-1
東京交通会館 1・2F.
営業時間10:00~22:00 日祝 ~20:00