がんばって生きるのが嫌になった人へ
海猫沢めろん(以下、めろん) 今日はよろしくお願いします。会場のキャパが100人て聞いてびびってたんですけど、ちゃんとお客さん入ってくれてよかった。西さんのおかげかな。
西加奈子(以下、西) めろん君、控え室でガタガタ震えとったからな。よかったな。
めろん 西さんとはもともと友達で、それで本の帯の推薦文を書いてもらったのもあり、今回お話してもらうことになりました。まず、この本の感想からお聞きしていいですか?
西 もう、この帯文がそのまま感想ですよ。「これはとても正直で真摯で、何より自由な生き方指南書です。めろん君から、切実で優しい手紙をもらったような気持ちです」。読んでまず思ったのは、これは、めろん君が“全力で下投げ”してくれた本なんだなってことです。
めろん 下投げ? キャッチボールとかの?
西 そう、力を入れずにボールを下から放る感じ。ほんとは下投げってよくないものやろ。小説でも映画でもなんでも、作り手が「こんなもんでええやろ、ほいっ」て下投げしてきたらめっちゃむかつくやん。「こいつ本気でやってないな」って。でも、この本は違うでしょ? 手を抜いているんじゃなくて、誰にでも受け取ってもらえるようにするために全力で下投げしてる。
めろん ああ、中学生くらいの人が読んでもわかるようにしたかったから、そこは意識しました。
西 だって、めろん君って学歴はないけど、めちゃくちゃ頭いいんですよ。そのめろん君が、上投げで豪速球放ってきたら、わたしは一行も読めなかったと思うんですよね。
めろん あははは、学歴ないですよ(笑)。
西 その優しさがうれしかったし、めろん君がどれだけこの本を読んでほしいかっていう情熱が伝わってきた。
めろん 友達の死を扱ってることもあったので、そこはちょっと慎重に、社会的使命も感じつつ書いたからね。あと、ほんまに疲れてる人にも肩の力を抜いて読んでほしかったから。そういうときって、なかなか難しい本は読まれへんやろ? なんも頭に入ってきいひんから。あ、今日は、僕も西さんも大阪人やから、ちょっと関西弁入ってます。
西 まだ読んでないお客さんのために、ちょっと内容を説明したら?
めろん そうね。書くきっかけになったのは、K君という10歳近く年下の友人です。初めて会ったとき彼は16歳で、そのときからずっと「死にたい」と言ってたんですけど、それから7年後に本当に自殺してしまった。だから、K君のような悩みを抱えている人、それこそ「頑張って生きるのが嫌になった人」の役に立てばと思って書いた本です。版元の大和書房って、『体脂肪計タニタの社員食堂』とかを出しているところで、自己啓発本とかビジネス書が多いんです。なので、最初はその路線で依頼をされたんだけど。
西 めろん君に自己啓発本を? 勇気あるなその編集さん(笑)。
めろん 無理ですよ。がんばるの嫌やもん。俺の周りには、やっぱり俺みたいにがんばりたくない人のほうが多いんやけど、そういう人がギリギリ死なずにいられるレベルにとどめてくれる内容の本ってないよなって思って。
西 うんうん。
めろん わりと内容は多岐にわたっていて、まずは「自由」について考えて、そこから連想して、いろんな哲学的な話にも及んでるという本です。
「しあわせ」を感じるのは恥ずかしい?
西 ほんまにいろいろな話が出てくるよね。うちがとくに新鮮だなと思ったのは、コミュニティのくだり。ひとつのコミュニティだけに属するのは不自由やってことが書いてあるでしょ。いまってみんな、特定のコミュニティに所属したがってる時代な気がしてたから。
めろん たとえばさ、俺の周りのヤンキーとか見てると、苦しそうなの。彼にはヤンキーコミュニティしかないから。『ONE PIECE』みたいな世界で生きてるやつらの大変さって、わかるやろ? 仲間を裏切ったらもう生きてけない。
西 あー、そうやな。
めろん 「戦わないやつはクズだ!」っていう。でも、「別に戦わなくてもいいじゃん」っていうコミュニティも社会にはあるから、いろんなコミュニティに属してたほうが楽なわけ。
西 本では、コミュニティや人間関係を「檻」って表現してるよな。
めろん うん。人として生活する以上、檻から出ることはできひんけど、檻から檻へと移動することはできる。
西 そこで、めろん君は具体的に暗黒舞踏とかおすすめしてるやんか。移動する檻を間違えると、逆にしんどくなる言うて。
めろん そうそう。武道教室とか行ってしまうと、説教好きの年寄りがいたりするからな。
西 そういうとこより、もっとマイナーなコミュニティのほうが、意外とゆるくて居心地いいですよって。これはかなり救いになるんじゃないかな。
めろん 西さんみたいなリア充に見える人にそう言ってもらえるとありがたいです。っていうか、西さんて悩みとかあるんですか?
西 何それ、うちのことアホと思てる?
めろん いやいや(笑)。たぶん西さんにも悩みはあるけど、俺とはタイプが違うから、悩みの質も違うと思うんですよ。
西 うちはすごいアツい人間で、すぐに「ああ、幸せ!」って感動するんやけど、それが恥ずかってん。
めろん そうなん?
西 うん。作家としてあかんのちゃうかって。もちろんつらいこともたくさんあるんやけど、それを「でもあたし、(それでもちゃんと)生きてるやん!」って、全部背負い投げのような幸せで終わらせてしまうんで。
めろん ああ、それはわかる。要するに、たとえば太宰治みたいに、悩んで悩んでもう死ぬっていう状態で書くのが作家で、「楽しい、幸せ」なんて書くのは作家じゃないってイメージでしょ?
西 そうそう。前にある方とトークショーをさせてもらったとき、こんなことをおっしゃってたの。自分はこの世に生を受けたけど、「生まれさせてください」って頼んだわけではなくて、強制的にこの世界に放り込まれたんだって。だから、なぜ自分は生まれてきたのかを考えるのが表現者としての使命であって、それがわからないうちは生を肯定したくない。たとえば味噌汁を飲んで「おいしい、幸せ」とは絶対に言いたくないって。
めろん なるほどな。
西 このトークな、うちのエッセイの発刊イベントやったんけど、そのエッセイに、うちは「お味噌汁おいしい、幸せ」的なこと思い切り書いてたんよ。
(会場爆笑)
西 「やばいやばいやばい!」って思ったよね。でも、いまは「その人はその人、うちはうち」って、分けられるようになったの。めろん君もこの本で、人と比べるからしんどくなるって書いてくれてるやん。
「平凡な自由」を手に入れる方法
めろん その「作家になったら悩まなあかん」という悩みって、本当は持ってなくてええ悩みなんですよね。それって単なる思い込みで、外部の価値観を内面化することで発生したものだから。つまり自分の価値観じゃないからな。
西 そうやな。この本は、簡単に言うと「自分は自分」だよってことを言ってくれてるんやけど、同時に「自分は自分」って考えるのはすごく難しいってことも言ってる。そして「自分は自分」って考えることの第一歩が、「自分が平凡」やってことを認めることなんだよね?
めろん そうそう。でもね、俺は「平凡な自由」を目指そうと言ってはいるんだけど、俺の経歴って、どう考えても平凡じゃないのが問題で(笑)。そこは批判されそうだなって思ってる。
西 まず高校からおかしいんもんな。
めろん 刑務所みたいなところで。
西 便器を素手で磨くんですよ。
(会場どよめく)
めろん 「わっしょい! わっしょい!」って言いながらね。卒業してからも、フリーター、ホスト、鍛冶屋、政治家のボディガードみたいなのとか、普通の人はやらなそうな仕事をいっぱいやった。だけど、なんでそれをやったかっていうと、自分が平凡コンプレックスやったから。家もごく一般的な中産階級やし、太宰に「おまえなんのために小説書いてんの?」って言われそうなくらい、俺は平凡な人間やったの。だから作家になりたいと思ったときも、ドストエフスキーくらい悩まな書かれへんって感じてたわ。
西 あの人(ドストエフスキー)は悩みすぎやろ(笑)。
めろん そういう意味では、この本に書いたK君のほうが、よっぽど作家に向いてるタイプなんですよ。K君には、めっちゃリア充の兄貴がいるんですよ。ドレッドヘアでタトゥー入れて、雑貨屋やってるような。
西 それがめろん君の考えるリア充なん?!
めろん とにかく充実してそうなの。その兄貴が、K君に「おまえ、なんか悩んでるけど、生きてれば楽しいことあるよ」みたいなこと言うわけ。兄貴はめっちゃいいやつで、それも本心から言ってるんやけど、「きみに言われてもなぁ……」って感じなのね。それで俺がK君に「じゃあ生きてて何やりたい?」って聞いたら、K君は「俺がやりたいのは、死ぬことだよ。兄貴は『生きろ』って言うけど、それは俺にずっと『死にたい』って思い続けろってことだから、わけがわからないんだよ」なんて言うの。
西 K君、なかなか難しいな。
めろん ポジティブなのかネガティブなのか、わからん。そういうん見てると、やっぱり俺って平凡なんやなって思うわけ。
構成:須藤輝
(次回へつづく)
西加奈子(にし・かなこ)
1977年、イランのテヘラン生まれ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004年に『あおい』でデビュー。翌年、1 匹の犬と5人の家族の暮らしを描いた『さくら』を発表、ベストセラーに。2007年『通天閣』で織田作之助賞を受賞。2013年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。その他の小説に『窓の魚』『きいろいゾウ』『うつくしい人』『きりこについて』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『地下の鳩』『ふる』など多数。
自由になるのは大変? 死ななきゃラクになれない? 働かないとダメ? 大人になるとなかなか口にできないけれど、誰もが抱えかねない悩みについて、海猫沢めろんさんといっしょに考えてみませんか。