みんな「やりたいこと」を大事にしすぎ!
—— これは一度ちゃんとおうかがいしたいと思っていたんですけど、川上さんって、本当は何がしたいんですか? いま、川上さんはドワンゴの会長だけでなく、大手出版社KADOKAWAの取締役でもありますし、庵野秀明監督がつくったアニメーション製作会社の取締役にも就任している。そしてジブリに加わってますし、何を目指されているのかなと。
川上量生(以下、川上) いや、別に深い意味はないんですよね。
—— そうなんですか(笑)。はたから見ていると、「クリエイティブの未来は自分が支える」みたいなことをお考えなのかと思っていたんですけど。
川上 うーん、なんというか、すべて行きがかり上なんですね。そこで僕、したいこととか、あまりないんですよ。
—— 行きがかり上、ですか。以前の対談で、やりたいことを突き詰めて考えたら『もっと寝たい』ってことだった、とおっしゃってましたけど、それは冗談じゃなくて本当なんですね。
川上 本当です。僕ね、そもそも「やりたいこと」というものが必要とされている理由が、よくわからないんですよ。もっと言うと、それってなんか間違ってると思うんです。不自然じゃないですか?
—— 不自然。
川上 一貫してひとつのやりたいことがないといけないっていう「やりたいこと原理主義」にとらわれている人、多いですよね。何かひとつのことにこだわる原理主義的な考え方って、僕は一種の宗教だと思っているんですよ。
—— はい。
川上 例えば、ドワンゴの女子マネ弁当に対して、「女性差別だ」って怒る人がいるんですけど、その人は「女性差別原理主義者」なんだと思います。物事って、それをしたら誰が困るのか、どんなメリットがあるのか、個別の状況や価値観によって判断するものじゃないですか。だけど、女性差別原理主義者は「女性差別をするような“におい”があるものはすべていけない」という決まりを最優先事項においている。それってやっぱり、宗教的ですよね。
—— うわあ、なるほど。そうか。
川上 それと同じで、「やりたいこと原理主義者」は、なんらかの「やりたいこと」が誰にでも存在していて、それがその人の価値観の中で最上位に位置づけられるはずだ、と考えている。なんでそんなものがなきゃいけないんですか?
—— そういうのは、その都度変わるものなんだということですか。
川上 そうです。僕は、究極的に人間が従うべきは生存本能だと思っています。だから、生存のために合理的に出てくる行動パターンに従うのが人間本来の姿であって、それを超越する原理原則を持たなきゃいけないというのは、やはり狂った考え方だと思ってるんですよ。
—— うーん、すごいなあ。たしかに、言われてみれば、そうですよね。
川上 ただ、そういうものが生理的に必要なのだとしたら、肯定してもいいと思っています。
—— 指針があったほうが、ひとは生きていきやすいような気はします。
川上 そうそう、目的を持つっていうのは、人間の生きるための手段ですよね。で、僕は、「やりたいこと」以外にも、人間が生きるための指針ってあると思っていて。僕は、プライドや自尊心のほうが、より本能的なものだと思ってるんですよね。これは、「やりたいこと」がない人でも持っています。これだって、突き詰めて考えると意味のないものなんですけど、プライドや自尊心がなくなったら、人は起きて飯を食って寝るだけの生き物になってしまうでしょう。
—— 動物みたいになってしまうと。
川上 動物としても競争力ないですよ。そんな人生は嫌だという気持ちが人間にはあって、その気持ちの根底には自尊心がある。これは、食欲、性欲、睡眠欲と同じような、人間の本能だと思うんです。「やりたいこと」っていうのはそれに紐付いたものであって、プライドや自尊心を持つために「やりたいこと」という看板を必ずしも掲げることはないと、僕は思ってるんです。
—— 順番が逆だと。でも、みんな「やりたいこと」が大好きですよね。
川上 特に若い人はね。
—— いや、僕も最近「本当に好きなこと、やりたいことはなんなの?」って聞かれることがあって、答えられなかったんです。だから、川上さんはどういうお考えで今の事業をやっているのか聞きたいと思ったんですよね。
川上 僕はやっぱり、何事も突き詰めて考えてしまうので、すべてのことに対して「源泉」はどこにあるのか、といつも考えているんです……って、ニコニコを離れて人生哲学みたいな話になってますけど、これ、連載的に大丈夫ですか?(笑)
—— 大丈夫です(笑)。「川上量生の胸のうち」なので。
バカなこととわかっていて、バカをやりたい
川上 じゃあ、続けます。プライドや自尊心の根底には、「承認欲求」があると思うんです。これはさらに本能的なもの。世の中の人ががんばってるのは、やっぱり承認欲求によるものだと思うんです。起業家とかみんな、大層なことを言いますけど、けっきょくのところ認めてもらいたいだけなんです。
—— 社会起業家なども、社会を良くしたいとかそういうことではなくて、自分が認められたいからがんばってるということでしょうか。
川上 身も蓋もないけど、絶対そうですよね。だったら、承認されればいいわけです。「社会を変える」じゃなくて、「認めてもらう」のほうが目的なんだから、手段と目的を履き違えないほうがいい。
—— じゃあ、そんながんばらなくてもSNSで「いいね!」を集めていれば充分なんじゃないの? ということでしょうか。
川上 そうです、そうです。「いいね!」で充足していればいいんですよ。そこからさらにがんばって世界一になりたいとか、世の中を変えてやるとかって、その程度の承認じゃ物足りないってこと。それは、世間並みにお金があるだけじゃ充足しなくて、とにかく誰よりも金が欲しいという欲求と、基本的には一緒ですよね。「承認」を「お金」に置き換えれば。
—— おお……そこにいくんですね。
川上 同じですよ。その区別は、僕は難しいと思う。それを踏まえて自分がどうするかというと、「世の中を変える」ということに対するスタンスって、「必死にがんばる」はおかしいと思います。論理的に考えた美学において、醜くないスタンスは「愉快犯」しかないんです。変わらなくても別にいいけど、変わったらおもしろいじゃん、だからやる。それが僕にとっては一番倫理的に正しい、というのが結論です。
—— えっ、愉快犯は「論理的」でなく「倫理的」に正しいんですか?
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