恋愛結婚はふしだら?!
岩井志麻子(以下、岩井) 私はオカルト小説を書いていますけど、心霊体験って一度もしたことないんですよね。
牧村朝子(以下、牧村) あの人の前に出たら本に書かれるから出ないでおこうね、って噂が回ってるんですよ、心霊界で(笑)。
岩井 そうかな?(笑) そもそも、何を不思議なこと、ありえないことと考えるかって実は難しいんですよねえ。“正常”とか“異常”の価値観って、時代とか人によって全然違うじゃない。牧村さんの『百合のリアル』を読んで、あらためて強く感じましたよ。
牧村 ありがとうございます。
岩井 男女の恋愛だってそうですよ。私のじいちゃんばあちゃんの時代って、“まとも”な家の人間は皆、見合い結婚をするもんだったんです。恋愛結婚は「野合(やごう)」といって、ふしだらなもの扱い。今そんなこと言う人いないでしょ。むしろ、見合い結婚だって言ったら、「恋愛の機会がなかったの?」「モテなかったの?」っていう見方をする人もいるくらいですから。
牧村 昔の考え方で言えば、現代は野合だらけ、異常ってことですよね。
岩井 だからほんま、どこからが正しいのか、異常なのかってわからないですよ。同じ日本の中ですら、数十年前と今とで全然考え方が違うんだから。
牧村 世界のどこを見てもそうですよね。正常、異常といった価値観は、日々移ろい変わっていると思います。
岩井 お隣の韓国だって、実は日本とは道徳観が全然違うんですよね。儒教の国だから。男尊女卑が激しいし、同性愛に対する考え方もすっごく厳しい。まず、性指向をカミングアウトできる空気がない。
牧村 この間、映画監督のキム=ジョ・グァンスが公開同性結婚式をしたんですが、彼らを罵倒したり、もっとひどいことをする人がいて、すごく荒らされていたと聞きました。レズビアンであることを理由に、学校を退学になったという子もいました。
「線を引く」ことの危険性
岩井 風当たり強いですよね。でも、タイなんかに行くと今度は逆に、ニューハーフが普通の存在だもんね。トランスジェンダー(※)の美人コンテストも開催されているし。
※他者に男女の別を判断されるのではなく、自分自身であり方を選ぶ人。男女どちらでもない性のあり方を選んだり、性同一性障害の診断を受ける場合も。
—— Miss International Queenですね。タレントのはるな愛さんが過去に優勝されていました。
岩井 あれなんか、本当に美人ばっかですよ。歌舞伎の女形なんかもそうだけど、理想の女を演じようとする人が多いでしょ。だからその辺にいる女性よりも女性らしさを強調していたりする。元から女だったら、頑張って女になろうと、そこまで強くは思いませんからね。
牧村 そう考えると、やっぱり“男らしさ”“女らしさ”って、一概に男が、女が生まれながらにして持っているもの、とは言えない気がします。
岩井 その辺が特に難しいなって思いますね。私これまでに、偏見というよりは無知から、ようゲイやレズビアンの人を怒らせてきたんですよ。
牧村 そうなんですか(笑)。
岩井 知り合いに、片方がフェミニンでもう片方がとてもボーイッシュな、だけど戸籍上は両方女性のカップルがいたわけ。それで私が彼女たちを「レズビアンカップル」って言ったら、怒られちゃった。フェミニンな方の子が、「彼は心が男だから、私たちはレズビアンじゃない。男女のカップルなんだ」って言うのね。
牧村 ああ、ありますね、そういうこと。
岩井 でも、同じような組み合わせで、「私たちレズビアンカップルです」って言う人たちももちろんいるでしょ? この辺ややこしいですよね。どれだけこっちに悪意がなくても、どこで地雷を踏むかわからないというか。
牧村 その結果、人によっては腫れ物に触るような扱いになってしまったり……。
岩井 どうしてもそうなっちゃうんですよね。大体の人は、「頭固い人」とか、「差別する人」ではなくて「理解のある人」とか、「自由な考え方の人」だと見られたいと思っているじゃない。だけどセクシュアリティのことって、一見してわからないことも多いから、結局面倒なことにならないよう、関わりあいを持たないようにしてしまう。
牧村 見た目の判断が実情とずれていた、ということ自体は、セクシュアリティの問題にかぎらず、よくあることなんですけどね。「母娘ですか?」と聞いて、「いえ姉妹です」って返されることだってあるじゃないですか。いわゆるセクシュアルマイノリティの世界にだけ起こることじゃない。
でも一本、セクシュアルマイノリティ、セクシュアルマジョリティっていう線をお互いに引き合ってしまうことで、マジョリティ側が腫れ物に触るような扱いをしてしまったり、マイノリティ側は「彼らは差別主義者だ」「あいつらは悩んだことがないんだ」と頑なな考えをしてしまったりする。『百合のリアル』でも書いたことですが、私は、この『線を引く』行為自体に、問題の正体があると感じています。
岩井 ただ難しいのは、ある種の偏見とか差別みたいなものって、自分の中の倫理観や宗教観などと、はっきり分けられない部分があるってことですよね。私の中では道徳だと考えていることが、誰かには差別ととられるかもしれない。その辺、どう思います?
牧村 そうですね……。私は今フランスに住んでいるんですけど、反同性婚デモが盛んだったときに、宗教者の方々が「結婚というのは神がお創りになったものなんだから、人間がタッチしてはいけない問題だ」と語るのを聞きました。だいたいの反同性婚派の意見に対しては反論できる自信があったのですが、これだけは、反論の仕方が思いつかなかったです。
何が道徳だとか、どこから差別だとか、全人類が統一見解を持つことはまず不可能ですよね。だから、それが正か誤か、区別か差別か? などという線引きでなく、各人がどういう根拠で何を思うのかというところにこそ着目することなのだと思います。
男になりたい? 女になりたい?
岩井 絶対的な真実なんて、誰にもわからないんですよね。それで思い出したんだけど、『百合のリアル』に、男として生まれたけど心は女で、豊胸手術はしてるけど性器は男のまま、っていうキャラクターが出てくるじゃないですか。
—— サユキですね。
岩井 そうそう。私、まさにこういう生き方を選んだ人を知っているんですよ。Rちゃんっていって、胸はホルモン注射で膨らませてるけど、下は取る気がないっていう子。なおかつ、性愛対象は女なの。私が「あんた男になりたいのか女になりたいのかどっち?」って聞いたら、「私は今の状態がいい。自分は今の状態で、レズビアンとして女を愛したいんだ』と言われました。
牧村 たしかにサユキと同じですね。
岩井 そういうのって、私からするとすごく複雑に思えるのね。でも、ある男友達は、彼女のことを「あれは童貞の妄想をこじらせた男であって、レズビアンじゃない」って言うんですよ。綺麗なお姉さん同士がいちゃいちゃしているっていう妄想の中に混ざりたいだけなんだって、バッサリ断言するの。まあ、じつはRちゃんがその男友達の奥さんに熱烈に言い寄っていたという裏事情があるんだけど。
牧村 それは(笑)。
岩井 彼の中ではそれで片付いちゃう問題なわけね。そして、Rちゃんの本心は私にはわからない。
牧村 わかりませんよね。もしかしたら、Rさん自身にも本当のところはわからないかもしれない。だからこそ、それを言葉で区別していこうとすると、とんでもない齟齬が生まれてしまったりする。
岩井 繰り返しになっちゃうけど、ほんまに正しい考えって、ないんじゃないかって思いますね。『正義の反対は別の正義』っていう言葉があるけど本当にその通りで、戦争だって、自分らが悪だって思ってやる人はいないじゃない。
牧村 たしかに、自分たちが悪だと思っている悪役なんて、おとぎ話の中にしかいないんじゃないかしら。
岩井 バイキンマンとか? いや、彼はドキンちゃんのためにやってることが多いから、あれは彼の中で正義なのかな。泣けるのは、それでもドキンちゃんは食パンマンが好きってところね。食パンマンも早くドキンちゃんを嫁にもろうてやれよと(笑)。
牧村 でもきっと食パンマンも、ヒーローでいるために、悪役としてのバイキンマンを必要としているんですよ。
—— 同性婚などに反対している方たちに関しても、自分が信じたいものを守りたくて、同性愛者を敵や悪とみなしているという一面もあると思いますか?
牧村 そうだと思います。それはいわゆるセクシュアルマイノリティの話題に限らず、いろんなものにつきまとう問題ですね。
岩井 それで思い出したけど、日本って犯罪が起きた時、“被害者”側が批判されることがよくありません?
牧村 ああ、「若い女の子があんな夜道を一人出歩いているからいけないんだ」とか。最近はSNSの登場でそういうことを言う人が可視化されるようになりましたよね。
岩井 それって実は大昔から、電話やら手紙やらで続いていることなんです。なんでそんなことするかって、“普通”に“まとも”に生活していて、そんな目に遭うってことを信じたくないからなんですよ。
酷い目に遭う人というのは、日頃から何か悪いことをやっているのだっていうことにしたいのね。自分を安心させるために何かを叩くわけ。
牧村 そのために、自分と違うものだから叩ける、という状況を作り上げることもすると。やっぱり、そこでも線を引いてしまうわけですね。「異常なあいつら」がいるから、「正常な私たち」を信じられる。もう充分ですよね、そういうのは。この繰り返しを断ち切るためには、各自がそれぞれ、「異常なひとり」になる勇気が求められているんじゃないかって思いますね。
(次回につづく)
写真:小松崎拓郎
セクシュアルマイノリティの知識は、現代人の基礎教養となりつつあります。
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