笹浦耕[14:46−14:47]
オレがそん時の馬鹿でーす。
だからつまり、その最悪のタイミングで〈トウコ〉さんのケータイに電話した大馬鹿野郎ってことね。
だってしょーがねーじゃんよ。あっちがそんなことになってるなんて、わかんないっつーの。
「もしもし〈トウコ〉さ……」
『はいもしもし』
低い男の声だった。
「あ、すんません、まちがえました」すぐ切って、もっぺんかけ直し。「もしもーし、〈トウコ〉さーん」
『いや、〈トウコ〉さんはあいにく忙しくってね、今は電話に出られないんだ』
「…………」
オレ、一瞬考えた。すくなくとも、伊隅の声じゃないことだけはすぐわかった。
「……えーと、もしかしてミツハシさん?」
『違うよ』
「じゃあ在所? マーチ? なに、どしたの?」
『それも違う』
「…………」
『もうちょっと想像力を働かせようよ、君。人生というのはね、思いもよらない突発事がおきるものなんだよ』
「はあ? あんた、誰さん?」
『君ねえ。人に名前を訊く時はまず自分から名乗らないと。社会常識だよ、それは。お父さんやお母さんに教わらなかった?』
オレ、むかついたけど我慢。
「──オレ笹浦ってんだけど。あんた誰?」
『さーて誰でしょう。それにしてもなかなか珍しい苗字だねえ、ササウラって。笹の葉サラサラに壇ノ浦の浦でいいのかな?』
「………………」
オレ、そん時に思ったわけですよ。電話ってのはすげー機械だって。誰が相手なのか、わかんねーのに会話できる機械なんだって。
電話のむこうの人間は、もしかしたら、〈トウコ〉って名乗ってたけど実は男だったのかもしんない。
それはもしかしたら、うちの母親なのかもしんない。
でなきゃアメリカ大統領かもしんない。
どっかの星の宇宙人かもしんない。
精巧なロボットかもしんない。
この世で最悪の、根性のねじ曲がった、快楽殺人嗜好症の╳╳╳╳野郎かもしんない。
誰と話してんのか、ほんとのところはわかんねーんだ。
うん。だからたぶん、すげーのは機械じゃなくって、それをノンキに使ってるオレたちのほうなのかもしんねーけど。
「なんなんだてめー」
『おじさんのことは、ファブリって呼んでもらえるかな』
「…………………………………………………………なんなんだてめー」
『同じ台詞を繰り返すのは思考が硬直してる証拠だよ、笹浦ギルバート君』
「ギルバートじゃねーよ。なんでギルバートなんだよ」
『あれ、違ったっけか。何ていうんだっけ?』
「あのな! オレは笹浦コ……」
いや。
待て待て待て。
やばい。なんかやばいぞ、これ。
「……知るかボケ!」
つって電話オフにしてから、オレは重大なことに気がついた。
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