「あのころのホリエモン」について
糸井 堀江さんの『ゼロ』って本、じつはcakesにゼロ章が公開されたときにもちょっとだけ読ませていただいてたんですよ。
堀江 そうなんですか? ありがたいです。
糸井 うん、ぼくのまわりにも読んでるひとがいっぱいいて。読者の方からも「堀江さんと対談されたらいかがですか?」というご提案があったり。
堀江 へえー。うれしいです。
糸井 それで、ぼくもいまのタイミングってすごくいいなと思ったんです。というのも、ぼくは「評価しなきゃいけない状況」で誰かと会うのって、苦手なんですね。たとえば堀江貴文というひとと会うときに「それであなたは堀江さんを支持してるの? してないの?」と迫られるタイミングってあるじゃないですか。「好きなの? 嫌いなの?」みたいな。
堀江 ええ、ええ。
糸井 これってけっきょく、みんなが堀江貴文という人物を通して「自分」を表明しているんですよね。ぼくはどうもそれが苦手で、いつもほとぼりが冷めるまで待つんです。それで、いまだったらちょうど平熱というか、評価する必要のない堀江さんに会えると思って。
堀江 なるほど。
糸井 正直、あの「想定内」とか「想定外」とかいってたころには、「このひとについて、なにかいわされるのはいやだな」と思ってましたから(笑)。
堀江 ははははは。
糸井 だって、わからないじゃないですか。編集されて、コラージュされた情報だけが届いちゃったりするから。その状況で「ホリエモン、いいんじゃない?」っていうのも違うし、「ホリエモン、やだね」っていうのも違うし。
堀江 たしかにステレオタイプな見方というのは、さんざんやられていましたね。
糸井 そうですよね。しかも本人が型にはめられてるときって、「ホリエモン」を見ている観客も、ステレオタイプな型にはめられてるんですよね。
堀江 そうですよね。いつもお金の話を聞かれますし。最近の取材でも「お金に対する考え方は変わりましたか?」とか「いまの収入源はなんなんですか?」とか、ほぼ確実に聞いてきますよ。
糸井 ああー。ただ、収入源の話はまた別でおもしろいところもあると思う。つまり、「なにで食ってるか」って話には、そのひとが立ち現れる瞬間があるから。「そうか、そこは守りたいよな」という、そのひとなりの線引きが見えたりね。
堀江 いやぁ、ぼくの場合はもっと下世話な好奇心ですよ。
糸井 だから「いまの収入源はなんですか?」の質問が、次の次までいくとおもしろい話になっていくんじゃないかな。お金の話って、ぼくはけっこうやるんですよ。お金が持つマジックってあるじゃないですか。武器でもあるし、薬でもあるし、毒でもあるし。なのにみんな、簡単に「いらない」っていいすぎますよね。
堀江 そうそう、ほんとそうなんですよ。
糸井 たぶん、お金と性って似たところがあって。「自分」を横に置いてしゃべれるひとはいくらでもいるんです。けれど、ちょっとでも「自分」をまぜようとしたら、たいへんなことになっちゃう。
堀江 ああー、そうですね。
糸井 だからぼくは、お金について「おれもほしいんだよ」といいながら話をするひとしか信じられない。その「おれもほしい」から始めないと、ウソになりますよね。
堀江 ええ。
糸井 ……ただ、あの騒動のころは世の中のセッティングができあがっちゃってたから、ホリエモンというひとはそこに入らざるをえなかったんじゃないかな。お金という隙間がスポッと空いていたでしょう。
堀江 完全にそうでしたね。それで、成金キャラになっちゃって。たとえば今回の『ゼロ』という本と、当時書いた『稼ぐが勝ち』(光文社)という本は、根底に流れるメッセージは同じなんですよ。自分に自信さえ持てればなんでもできる、というのが『稼ぐが勝ち』のメッセージで、自信をつけるための手段として「お金を稼ぐこと」を紹介していたんですね。これだったら生まれも性別もルックスも関係なく、誰にでもできることだから。
糸井 はい。
堀江 でも、完全に誤解されちゃいましたね。「堀江はカネが大好きで、カネさえあればなんでもできる、人の心も買えると思ってるヤツだぞ」みたいに。
糸井 当時って30歳くらいですか?
堀江 そうですね、30歳ちょっとくらいです。
糸井 やっぱり年齢のこともあるけど、あのころは「ホリエモン」というひとが、メディアとして完成されてない、ってのもあったかもしれませんね。
堀江 メディア、ですか。
糸井 うん。メッセージを発信するメディアとして。つまり、同じ魚でもどの川で泳いでるかによって違って見えるじゃないですか。同じ情報だって、誰からどう聞くのかによって受け取り方も変わってくるし。今回の『ゼロ』にも書いてあったけど、伝え方が間違っていたというのは、そうだったんでしょうね。習った覚えもないだろうし。
堀江 まあ、習う機会はないですよね(笑)。
糸井 30歳くらいだったら、きっと「わかってもらう」ということに、なんの意味があるんだと思っちゃうでしょ。
堀江 ほんとうにそう思ってました、実際。
糸井 メディアのひとが挑発的に聞いてきますよね? そのとき、目の前にいる「彼」のことが本気で憎らしくなってくるじゃないですか。そして彼に対してイライラしながらしゃべっちゃうと、それが「彼の向こう側」にいるひとたちに届いちゃうんですよね。現場としての「ここ」にいながら、同時に遠くのひとたちがみんな「ここ」を見ている実感って、なかなかつかめないですよね。
堀江 ええ、むずかしいです。
糸井 そういうメディアとして未完成だったひとのアクションが、これまた大きかったんだからね。そのひずみが、あの騒動だったんじゃないかなあ。
堀江 まあ、でっかい揺り戻しがきましたね(笑)。
糸井 あの構造というのは、それは30歳にはむずかしいですよ。
あ、これは『成り上がり』と同じだな
堀江 ただ、ステレオタイプな型にはめられるのって、ぼくにかぎった話じゃないと思うんですよ。みんななにかしらの型にはめられてるというか。それでも、型にはめられないで生きていく方法はあるし、そういう気づきを少しでも提供できるんじゃないかという思いがずっとあって。この『ゼロ』を出したいちばんの目的はそこかもしれないですね。
糸井 ……目的、達してると思いますよ?
堀江 そうですか?
糸井 はい。しっかり本を読ませていただいて、とてもおもしろかったし、売れる本だと思う。最初の勢いで売っちゃうというタイプの本じゃなくって、ちゃんとロングセラーになりますよ。
堀江 おかげさまで、最近はツイッター経由でぼくのところに「あの店で売り切れてたぞ」とかお叱りを受けることも多くって。内容には自信があったんですけど、はたしてどれだけ広がってくれるかというところでは不安もあったんですよね。
糸井 そうですか? だって、編集のひとたちはみんな不安じゃなかったと思いますよ(笑)。加藤さん、どうですか?
加藤貞顕(cakes代表) そうですね、ロングセラーで長く売れ続けることは相当意識していましたので。もちろん、大きな目標を掲げての本ですから、これからもたくさん動いていく必要はありますが。
堀江 じつはぼく、過去のベストセラー作品をいろいろと読んでみたんですよ。刑務所にいたとき水野敬也くんが差し入れしてくれたんです。あの『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社)の。
糸井 はいはい、水野くん(笑)。
堀江 彼も書店ぜんぶ回ってるし、すごく考えていますよね。実際、いま彼の本がまた売れていますし。
糸井 水野くんはいま、なにを書いているんですか?
堀江 猫の写真に偉人の名言を組み合わせた『人生はニャンとかなる!』(文響社)という本を出しています。その前に出した、『人生はワンチャンス!』(文響社)という犬のバージョンがかなり売れてて。書いてるというか、編集ですよね。
糸井 売ることをほんと真剣に考えてるから、打席に立ってる数も相当なものでしょ。
堀江 そうですね。唯一、ぼくが帯に推薦文を書いた本が売れなかったんです(笑)。
糸井 ああ、そうか。もともとぼくは、最初の本に推薦文を頼まれてるんですよ。
堀江 あの『ウケる技術』(新潮文庫)ですか?
糸井 そうです。なんだろ、本の内容とかより、「この子たちはこれからどうなるんだろう?」というのを見たくって。おもしろいよねえ。
堀江 ぼくもたまたま同じ雑誌に連載していて知り合ったんですけど、「今度ホームパーティーやるんできてください」っていうから彼の家まで遊びに行ったんですよ。すると、本棚が当時出たばっかりのぼくの本で埋めつくされていて。
糸井 やったなぁ!(笑)
堀江 そりゃ驚きますけど、「どうすんの、これ?」って(笑)。
糸井 うーん、やるなあ。
堀江 それで、彼が差し入れてくれたのが、黒柳徹子さんの『窓際のトットちゃん』(講談社文庫)、乙武洋匡さんの『五体不満足』(講談社文庫)、飯島愛さんの『PLATONIC SEX』(小学館)。
糸井 うん、うん。
堀江 そしてもちろん、矢沢永吉さんの『成りあがり』(角川書店)ですよ。
糸井 おお(笑)。
堀江 『成りあがり』ってすごいですよね、あの語りかけてくる感じ。糸井さんがいたからこそ、ああいう本になったんだろうなって。
糸井 合いの手があってこそ、というところはありますよね。でも、この『ゼロ』もそうでしょ?
堀江 そうですね。
糸井 やっぱり、合いの手がないと、自分としてはあんなふうに語るつもりがないから。この構造は『成りあがり』だなあと思ったですね、ぼくも。
堀江 あと、何年か前にほぼ日でやられていた『はたらきたい。』(ほぼ日ブックス)の矢沢さんとの対談も。あれなんか、まさに『ゼロ』のテーマとも重なると思いました。
糸井 おんなじ話してますよね。これは読んでても思ったんだけど、堀江貴文ってひとは、ものすごく「合いの手」を必要としていたんだと。だって、自分でどんどん進めちゃうゲームマスターじゃないですか、堀江さんって。
堀江 ああー。
糸井 ところが、隣にいるひとから「そこ、もうちょっと聞かせてください」「もうちょっとゆっくり」「それ、どういうことですか?」とかいう合いの手が入ると、ゲームマスターとしては「面倒くさいけど、教えてやるか」という気分になるじゃないですか。そのおかげで本としての深みが出ていったというか。
堀江 たしかに、親の話とかここまで書いた本はありませんでしたからね。
糸井 ですよね。
堀江 とにかく「堀江さんの子どものころとかの情けない話をたくさん入れてくれ」「みんなそういう話が聞きたいんです」って。最初はすっごく恥ずかしかったですよ。
糸井 そのへんが、『ゼロ』を読んでから、いままでのみんなが知ってる「堀江貴文物語」のページをもう一回めくり返したら、ものすごくおもしろいでしょうね。たぶん、これを読んだらそれぞれの事件がぜんぶ違って見えると思う。
堀江 ええ、ええ。
糸井 しかも、みんながそれを無意識の中でやってるから「あの本、おもしろいよ」という評判になってるんじゃないのかな。
(次回は1月11日(土)更新予定)
1948年生まれ。群馬県出身。コピーライター、エッセイスト、作詞家など多彩な分野で活躍。98年に開設したwebサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」は、1日150万PVを超え、物販などを中心に高い収益をあげている。2012年には、独自の価値観を生み出すユニークな企業運営が評価され、株式会社東京糸井重里事務所としてポーター賞を受賞した。
ほぼ日刊イトイ新聞:http://www.1101.com/
Twitter:@itoi_shigesato
1972年福岡県八女市生まれ。東京大学中退。実業家、ライブドア元代表取締役CEO、SNS株式会社ファウンダー。2006年1月に証券取引法違反で逮捕され、懲役2年6ヵ月の実刑判決が下る。2011年6月収監。長野刑務所服役中もスタッフを介してTwitter(フォロワー約100万人)やメルマガ「堀江貴文のブログでは言えない話」にて情報を発信し話題の人であり続けた。2013年3月27日仮釈放。出所後初の書き下ろしとなる単行本『ゼロ』を、100万人に届けることで世の中を変えることを目指す。そして、同書の発売直後11月10日0時に刑期満了し、ゼロからまた新たなスタートを切る。著書多数。
Twitter:@takapon_jp