米国カリフォルニア州、クパチーノにあるアップル本社。あるとき、そこに1人の日本人男性が商談でやって来た。金属関連のビジネスを手がけ、アップルの取引先に名を連ねる企業の社長だ。
その男は、アップル製品のデザイン責任者に連れられて、特別な雰囲気を醸し出す一室の前までたどり着いた。
「日銀の金庫がこんな感じなのだろうというような、物々しい鋼鉄製の扉で二重にセキュリティがかかっていた」
扉がゆっくり開くと、アップルの幹部ですら容易に入れない“奥の院”の光景が広がった。そこはアップルの心臓部、インダストリアルデザイン(ID)部隊の部屋だった。
その中でどうしても気になるものが目に飛び込む。テーブルの上に、シートを厳重にかぶせた物体が並べられていたのだ。情報管理は徹底的で、中身どころか形もわからない。だが、男は直感した。
「将来、世に出す新製品のモックアップ(模型)ではないか」。正確な数はわからないが、5列くらいで無数にあるのがわかる。
「あれがすべて金属製ならば、半年に1回モデルチェンジがあっても、うちはあと2~3年ビジネスができそうだ」。男はそんな思いを巡らせた。アップル向けに数十億円単位の設備投資をしてしまったため、次世代製品の材料は会社の生命線になりかねないからだ。
古くからアップルと付き合いがある取引先の幹部は、「スティーブ・ジョブズが追放されていた頃は、IDの部屋にもすいすい入れた」と、昔を懐かしむ。しかし、今や秘密主義の代名詞となったアップルは、自らの片鱗すら知られるのを忌み嫌う。
アップルの取引先は、「取引先であることすら公にすることは許されない」(関係者)。NDA(秘密保持契約)を結ばされ、巨額の違約金が発生する契約で“口封じ”をされる。事情に詳しい関係者からは、「24億円」という法外な違約金の金額も漏れ伝わる。
本誌は今回そうした禁忌を破って、アップルと接触した数少ない日本人たちの貴重な証言を得た。
時価総額最高を記録し、世界で最も有名な企業の一つでありながら、秘密のベールに包まれたアップル。“未知との遭遇”を果たした日本人たちの言葉から、彼らの強さの本質が浮かび上がった。それは、ちまたで言われる「美しいデザイン」や「魔法」といった言葉とはかけ離れた、ビジネスに懸けるすさまじい執念だった。