おれはうなずき、覚悟して、彼女の次の言葉を待つ。おそらく今から言おうとしていることが、彼女が一番伝えたいことなのだ。
「先程、『智慧の儀』の時に伏せた私のバイトの内容、カンバルさんの話を聞いた直後だったので、どうしても言えなかったんです……」
「……なるほど」
「話そうか随分迷ったのですが、やはり竹中さんにはお伝えしておいたほうが良いかと……」
「ええ、大丈夫です。話してください」
どんな内容でも受け止める。今一度自分に言い聞かせて、おれはそう言った。ただ、それでも彼女は話をしばらくためらって、しばらく間を置いてから、ようやく口を開いた。
「……私がしていたバイトは……『地下街の人びと』の担当者に同伴し、クライアントの方と一緒に、 "音楽のコンサートに行く" というものでした。私はただ、機嫌よく、その場所にいるだけで良かったんです。バイトの内容はそれだけ、本当にそれだけでした。バイトを通して私は、大勢のクライアントの方と、色々な種類のコンサートに行きました。つまり……私の場合は "コンサート" が専門だったという事です。私の知人はそれが "ゴルフ" であり、他の人の中には……一緒に "スポーツ観戦" に行くという人もいたようでした」
おれは沈黙した。黙ろうと思ったわけじゃない。ただ、頭を整理するに時間が必要だった。 "クライアントとスポーツ観戦"。いやでも山田の話を思い出す。つまり山田のフィアンセは、夏目さんと同じバイトをしていたということなのか? やはり……山田のフィアンセは、山田にとっての『鍵』だったのか? 物語の断片が少しずつ集まって、全体のアークがぼんやりと浮き上がりつつあった。胸がチクチクと痛んだ。亮潤様は、このことを山田に話すんだろうか?
「なんとも胸くそわるい話ですね」
おれはつい本音を口にした。
「はい……ごめんなさい」
「す、すみません。夏目さんが謝ることではないです」
「ええ、でも」
「……このことは亮潤様には?」