新井白石「荻原重秀のような奴は能力も徳もない」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

50代、人間関係にまつわる愚痴

新井白石(学者・政治家)

1657年-1725年。木下順庵に朱子学を学び、将軍家光の孫に当たる徳川綱豊に仕えた。やがて綱豊が6代将軍となると、政治に参加。綱豊(6代将軍家宣)の死後、7代将軍にも仕えた。その政治は「正徳の治」とも呼ばれている。

真面目な新井白石の許せないこと

江戸時代中期に6代、7代将軍に仕えて政治を行った新井白石という人物がいる。元は儒学者だが、将軍の信任を得て幕政に参加。貨幣の改鋳、長崎貿易の制限、朝鮮通信使の処遇改革などの功績を収めた。

そんな彼が自伝的著書『折たく柴の記』の中で盛んに愚痴、悪口をいっている相手がいる。荻原重秀である。

荻原重秀は、5代将軍綱吉の代から勘定奉行(幕府の財政担当)を務めてきた人物。貨幣の品質を下げ、一時的に財政を潤わせたことで有名だ。

白石は『折たく柴の記』の中で

才あるものは徳あらず。徳あるものは才あらず。真材誠に得がたし

(能力があるものは人徳がない。徳があるものは能力がない。誠にすぐれた人材というのは得がたいものだ)

などと、教訓めいたことをいった後に

「重秀がごときは、才徳ふたつながら取るべき所なし

(荻原重秀のような奴は能力も徳も両方ともとるべきところがない)

とかなり辛口な悪口をいっている。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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