正岡子規「今日も飯はうまくない」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

30代、病気にまつわる愚痴

正岡子規(俳人・歌人)

1867年-1902年。伊予国(愛媛県)の出身。本名、常規。大学予備門(一高)で夏目漱石と知り合う。写生俳句・写生文を提唱し、根岸短歌会を結成。短歌革新運動を行う。代表作に『寒山落木』『歌よみに与ふる書』『病牀六尺』などがある。

生活をありのままに写生した俳人の苦しみ

「柿くえば鐘が鳴るなり法隆寺」

などの俳句や短歌でおなじみの正岡子規。そんな彼の日記『仰臥漫録』に、

今日も飯はうまくない

というわかりやすい愚痴が書かれている。どうして、ご飯がおいしく感じられないのかというと、この時、彼は病で臥せっていたからだ。

子規は、体が丈夫ではなく、学生の頃から何度も喀血を経験していた。そもそも「子規」という筆名は、「血を吐くまで鳴く」といわれている「ホトトギス」の異名である。

その後、脊椎カリエスとなり、30代の多くを病床で過ごした。そんな時期に書かれたのが、日記『仰臥漫録』であり、随筆『病牀六尺』である。その中では

苦しがって少し煩悶を始める

「蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある

誰かこの苦を救うてくれる者はあるまいか

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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