葛飾北斎「5年の命をくだされば、真の画家になることができるのに」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

60代、仕事にまつわる愚痴

葛飾北斎(浮世絵師)

1760年-1849年。江戸生まれ。幼名、時太郎、のち鉄蔵。画号は最初「勝川春朗」、以後「宗理」「画狂人」「卍」など30 以上用いた。「北斎」もその一つ。引っ越しは90 回以上したという。モネやゴッホなど海外の画家にも多大な影響を与えた。

生涯、貪欲に絵を描き続けた画家

迫力ある大波が画面いっぱいに描かれた『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』は、ひょっとすると、日本で、いや世界で一番有名な浮世絵かもしれない。

その作者葛飾北斎は、江戸後期に驚くべき画才を発揮した人物である。最初勝川派に入門して絵を学んだのち、狩野派、琳派、さらには洋画まで、とにかく貪欲に絵の道を学び続けた。

そして、美人画、役者絵はもちろん、花鳥画やマンガの元祖ともいえる絵手本集『北斎漫画』を描き、『冨嶽三十六景』などに代表される名所絵(風景画)で人気を博した。

画題だけではない。絵画のジャンルも、錦絵(多色摺り版画)や読本の挿絵、肉筆画などさまざまな分野で活躍した。しかも、人を驚かすようなことが大好きで、お寺の境内に人を集め、120畳もある巨大な達磨絵を描くパフォーマンスなどもやってのけた。

さらに、高齢になっても絵を描き続け、もはや絵画に関しては達人の域に達していた、といってもよいだろう。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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sabochin 葛飾北斎でこれなんだから我々が絵が描けないと嘆くのは至極当然の事だな 約1ヶ月前 replyretweetfavorite