竹久夢二「おろかな、私を許しておくれ」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

30代、恋愛にまつわる愚痴

竹久夢二(画家)

1884年-1934年。明治から昭和にかけて活躍した画家、詩人、デザイナー。岡山県出身。本名、茂次郎。代表作『黒船屋』などに描かれた「夢二式美人」と呼ばれた風情ある美人画は一世を風靡した。他に『宵待草』などの作詩も手がける。

生涯最も愛した女性への後悔

独特の美人画を描き、現在でも大変人気の高い竹久夢二は、柳原白蓮の歌集、詩集の装丁なども行っている。明治後期から昭和初期を代表する画家であり、デザイナーであった。

恋多き人でもあった夢二が、「最愛の人」と慕ったのが、「彦乃」という女性である。

夢二は、彦乃と出会う前に、「たまき」という年上の女性と結婚しているが、わずか2年で離婚している。ところが、離婚後も二人は、同居と別居を繰り返すなど深い交流を続けていた。たまきはのちに夢二デザインの小間物を販売する「港屋絵草紙店」も開いている。

そこに客として現れたのが「彦乃」である。やがて、彦乃と夢二は恋に落ちた。

しかし、二人の交際を彦乃の父は許さなかった。出会いの頃、彦乃はまだ18歳。夢二は彦乃より12歳も年上の30歳、おまけにバツイチで前妻との間に子どももいる。父親が反対するのも無理のないところであった。

しかし、二人の愛は冷めなかった。出会いから3年後、彦乃は父の反対を押し切って京都の夢二の家に転がり込む。二人はその地で、おそらく人生で最高に幸せな時を過ごしたことだろう。

ところが、幸福な時は短かった。翌年の九州旅行の最中に、彦乃が病で倒れた。結核である。

やがて、彦乃は父親によって東京に連れ戻され、闘病生活を送ることになる。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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