借りパク奇譚

偶然という名の必然 #16

【前回までのあらすじ】これまでの「借りパク」を懺悔するために寺に集まった男女4人。借りパクの経緯や事情について各々が詳しく語っていくうちに、奇妙な共通点が見えてくる。すると、寺の住職・亮潤から「今日、皆さんがここに集まったのは必然です。皆様はそれぞれ少し特殊な状況に置かれ、それを打破するためにここへやってきました」と告げられーーー。前回のお話はこちらからどうぞ。

"特殊な状況"? 確かにどの参加者の話もいささか奇妙ではあったが。ただ「偶然という名の必然」。その言葉には言い知れぬ説得力があった。それが声質なのか、トーンなのか、響きなのか、その言葉がおれの胸にスーッと浸透していった。

「いったん、話し合いはここまでとします。皆の話を聞いて各々考えを巡らせたこと、それが何よりも重要です。私が先ほど問いました、返したいと思うか、思わないか、それに正解はありません。答えはそれぞれが育んで下さい。ただ、『懺悔の門』の門番だからこそ見えてきた風景というものがございます。『智慧の儀』の最後に、一般的な "借りパク" について、少しだけ門番のたわごとをお聞き下さい。皆様の理解が深まれば幸いです。

ある世界に一人の少年がいました。普段大抵オレンジ色の服を着ているその少年は、腕っぷしが強く、暴れん坊で、いつも周囲に対して威張り散らしています。少年はある時言いました。『お前の物は俺の物。俺の物も俺の物』」

ぷっ。おれは思わず吹き出しそうになる。まさかここで「剛田武」とな。またもや登場した「たけし」におれは必然を感じざるを得なかった。

「彼はこうも言いました。『いつ返さなかった? 永久に借りておくだけだぞ』。とても邪悪な言葉です。実に恐ろしい。ただ……結果的に皆さんはそれをしてしまいました。もちろん皆様に初めからそのような心があったわけではないのはわかっています。しかし、誰しもが持っている緩慢な心、それが借りパクを招いたのです」

皆が鎮まり返る。

「そもそも人はなぜ借りパクをしてしまうのでしょうか? 今回は少しそこを掘り下げてみたいと思います。私が見てきた限り、" 借りパクされてしまうもの" というのは『本』や『CD』『DVD』『ゲームソフト』などがその大半でした。これらに共通する特徴として、気軽に貸し借りができ、値段も比較的安価というものがあります。だから返さなくても、借りた側の罪悪感が低く、また貸した側も何がなんでも返してもらおうという気持ちが薄いようです。結果、借りパクが成立してしまうのです。

原因は他にもあります。思い出して欲しいのですが、例えば人から本などを借りる時、あなたは本当にそれを借りたいと思ったでしょうか? もしそうでなかった場合、それを借りパクしてしまう可能性が高くなります。

こんな話があります。借りる気はないのに強く勧められ借りた本。仕方ないから読んでみたが、内容が全然ピンとこなかった。ただ、返す時に相手から感想を求められるのが億劫で、そのまま借りっぱなしになってしまった。もしくは、借りたはいいが興味がなかったからずっと読む気になれず、かと言って読まずに返すのはまずいと思いそのまま借りっぱなしになっている。

逆はどうでしょう。皆様は、借りパクされた経験もあるとのことですが、あなたがそれを貸す時、相手は本当にそれを借りたいと思っていたでしょうか? もし相手がそこまでそれを借りたくなかった場合、借りパクされてしまうリスクはグーンと上がります。

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この連載について

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借りパク奇譚

宮藤宙太郎

この世にはびこる「借りパク」。それを懺悔し、みそぎができる寺があったら…? 今まで散々借りパクしてきたという悪友に巻き込まれる形で、みそぎに参加することになった主人公・竹中。そこに新たな2人の男女も加わり、奇妙な形で儀式が進んでいく。...もっと読む

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