※牧村さんに聞いてみたいことやこの連載に対する感想がある方は、応募フォームを通じてお送りください! HN・匿名でもかまいません。/バナー写真撮影:田中舞 スタイリング:宮寺理美 ヘアメイク:世界のホリエ
ブックガイド付き人生相談、『ハッピーエンドに殺されない』。
今回のおたよりはシンプルです。
セクシャルな彼女とノンセクシャルな彼氏のお互い無理をする事のない付き合い方の解決策について。
セクシャルとは「他者との性行為を望む」、ノンセクシャルとは「他者との性行為を望まない」ということです。
大まかに言えばそうですが、具体的にはどうなのか。本人がどこからどこまでを「性行為」と認識するのか、例えばキスはしたいのかしたくないのか、するならどこに/どこまでなら大丈夫なのか、自慰はしたいのかしたくないのか、性に対する嫌悪感があるのかないのか。そういったことについては、ノンセクシャルと言う人/言われる人、全員違っています。
そもそもノンセクシャルというのは英語みたいですが日本で独自に使い方を発展させた言葉です。「他者を恋愛感情の対象としうるが、性欲の対象とはしない」というあり方。このようなあり方は英語ではノンセクシャルというのではなくロマンティック・アセクシュアル(Romantic asexual)というのですが(参考:英辞郎)日本語で「ロマンティック」はすでに使われていた言葉であったためか、うまく入りませんでした。というわけで、次のように表現されるようになりました。
●ノンセクシャル
他者を恋愛感情の対象としうるが、性行為の対象とはしない
●アセクシャル(Aセクシャルとも)
他者を恋愛感情・性行為いずれの対象にもしない
言葉で分けながらも、言葉で関わろうとする。それが人間という生き物です。人間、地球人口約79億人(2021年時点/国連人口基金調べ)全員違っていて、しかもそれぞれに変わり続けている。
なぜ分ける必要があったのか、分けられたあとでもどう関わっていくのか。今回は、「GSRM」「Aro/Ace」「PIV」など、性にまつわる英語由来の用語を整理しながら、しかしそういう言葉に隔てられてしまわない関わり方を考えていきましょう。
GSRM
GSRM……「ジェンダー・セクシュアリティ・ロマンティックな面においてマイノリティである」という略語(あとでもうちょっと解説します)。英語ではGender, Sexual, and Romantic Minoritiesと書きます。次のような経緯で生まれた言葉です。
【16世紀】
禁欲・厳格・聖書絶対視を特徴とするキリスト教清教徒たちが、現在アメリカと呼ばれている土地に移民。「男女一組での恋愛→結婚→出産→家族形成だけが、神の意志にかなったことだ」という価値観の共同体が育っていく。
【20世紀】
世界大戦に伴い、若年層が徴兵され都市部に集められる。各国が国民を増やして稼がせて戦わせることを必要としたため、「産めよ増やせよお国のために」的な価値観も世界的に喧伝される。生殖につながらない性のかたち、例えば「同性愛」や「(軍にとって)男らしくない男」などが否定され、米軍が同性愛者とみた人物を除隊するなど迫害を強める。結果、「アメリカ各地の若者たちが性のあり方によって迫害され、結託を強める」ということが起こり、「自分たちは“異常”なんかじゃない。自分たちは“ゲイ”だ」というゲイ解放運動につながっていく。
【戦後】
「性のあり方が国家の想定外とされて不利益を被る人たち」を、男性同性愛者も女性同性愛者も両性愛者も異性装者もトランスジェンダーもみんな“ゲイ”という言葉で表現していたが、お互い違っている中で同じ“ゲイ”という名前を名乗り続ける社会運動はうまくいかなくなり、分裂していく。一度は分裂してしまったがもう一度チームになろうということで、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字をとって「LGBT」という社会運動チーム名が作られる。
【2010年代】
「LGBT」というチーム名だと、あれが入らない、これは入るのか、と、「どこからどこまでが“わたしたちLGBT”なのか」という定義問題が起きてくる。このことに対応しようと「LGBTs」「LGBTQIA+」などさまざまな新語が作られてきた。2013年には「GSRMという言い方が、英語圏の投稿型インターネット辞書「Urban dictionary」に投稿された。
ということで、現代日本のわれわれが例えば「恋愛と性欲」を分けて考えたりとか「セクシャルな彼女とノンセクシャルな彼氏」って分けて考えたりとかしているのは、もとをたどればアメリカという国がキリスト教清教徒的な「性欲なんて汚れた罪です。男と女の一組で純な恋愛をし、結婚をし、快楽ではなく生殖のための性行為を行うことだけが正しいのです」という考え方を広めたからだと、わたしは思うわけです。
それが良いとか悪いとかじゃなく、それがすでに起こった後の社会をどう生きるかという話。「もうちょっとよくしたいよね」ということで、LGBTという社会運動チームが起こりました。「誰がチームメンバーなのかという争いはやめたいよね」ということで、GSRMという考え方が生まれてきました。
G(ジェンダー)……本人の社会的な性別
S(セクシャル)……性欲の対象としうる性別
R(ロマンティック)……恋愛感情の対象としうる性別
M(マイノリティーズ)……社会制度の想定外とされ、不利益を受ける人たち
Aro/Ace
おおもとには「産めよ増やせよお国のために、戦え、稼げ、他国に勝とう」的な軍事経済帝国主義があるわけです。また「性欲なんて汚いものだ、恋愛・結婚・生殖が自然」というキリスト教清教徒的ロマンチックラブイデオロギーがある。で、「当然、みんな異性と一対一で恋愛したいし結婚したいしセックスしたいよね? それが自然だよね?」という圧が人々にかかる。というわけで、上のSとR、性行為や恋愛感情にまつわる「当然したいよね? それが自然だよね?」圧に対して、「当然でも自然でもないです。自分達のことをいないことにしないでくれますか」と声を上げるために「Aro/Ace(アロエース)」という社会運動チーム名も考え出されたりしました。
短く説明し、似たような人たちと集まってチームを組む。世に敷かれた「ふつう」に対抗するためのチーム名がたくさん作られてきました。