ピカソ「私ほど有名で、金持ちの男から去るのか?」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

60代、お金にまつわる愚痴

ピカソ(画家)

1881年-1973年。スペイン出身の画家。美術学校教師の父を持ち、幼い頃から画才を発揮する。キュビスムの創始者ともいわれる。代表作として『アビニョンの娘たち』『泣く女』『ゲルニカ』などが有名。彫刻や陶器なども制作した。

天才画家が恋愛遍歴で見せた未練

生涯に8万点以上の作品を描いたというピカソは、数多くの恋愛を経験した画家としても有名だ。

最初の恋人とされるのが、23歳の時に出会ったフェルナンド・オリヴィエ。当時のピカソは、友人の自死の衝撃により哀愁を帯びた青を基調とした絵を描いていた。いわゆる「青の時代」で、画家としては芽が出ず、貧しい暮らしをしていた。しかし、オリヴィエと出会ったことで、色調に変化が現れる。愛をテーマとした優雅な「バラ色の時代」のはじまりである。

彼女との同棲が続く中、画風は、ピカソの代名詞ともなる独特なキュビスムへと移り、画家としても成功を遂げる。しかし、彼女との生活は7年で終わった。破局の原因は、ピカソが彼女の友だちであるエヴァ・グエルと交際をはじめたからだといわれている。

ところが、エヴァは間もなく病死してしまう。三十路を迎えたピカソはやがて、ロシア・バレエ団のバレリーナ、オルガ・コクロヴァと知り合い、翌年に結婚。ピカソは37歳になっていた。

しかし、ピカソの恋愛遍歴が終わったわけではない。46歳の時に17歳の少女マリー・テレーズ・ワルテルと知り合い、恋に落ちる。モデルとして完璧な顔と体を持っていたという彼女は、やがてピカソの子を宿した。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

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