干した柑橘の皮をオリーブオイルに漬けてみた。見た目はナンだが香りは天使のよう。ヘアオイルにどうかな?
さて前回まで縷々書いてまいりましたように、ほぼ半世紀にわたり「片付けられない女」としてとっちらかりまくった人生をどうすることもできぬまま汚部屋暮らしをデフォルトとして生きてきた私は、まさかの「韓国歴史ドラマ」と「江戸の貧乏長屋」というアジアの2大史実に勝手に助けられ、あの「世界のこんまり」様も熱く推奨する、人生がときめく片付けに欠かせぬステップ、すなわち「新たな暮らしへのイメージづくり」に完璧に成功したのであります。
で、ちょっとお考えいただければお分かりかと思うが。
このイメージはいずれも、現代社会から見れば相当に極端なものである。
かたや、罪人として宮廷から追放された王女様。かたや、四畳半押し入れなしの小部屋に一家で暮らす江戸庶民……いずれも持ち物が少ないどころか、ほぼ何も持っていない。「ミニマリスト」がすっかり一般的な言葉になり、「私、ミニマリストなんで……」などとカジュアルに自称する方も珍しくなくなった今日この頃であるが、おそらくそのようなミニマリストもビックリレベルの、あまりにも徹底した「持たない生活」ぶりである。
そのようなビックリな人たちをお手本にしたものだから、当然、我が「持たない生活」も相当なビックリレベルになってしまった。
なので何はともあれ、私がこの極端なお手本に励まされ、結局モノをどこまで減らすことに成功したのかをご紹介しようと思う。
あ、一応念のため言っておきますが、何も皆様もここまで徹底してものを減らすべきだなどと言いたいわけではない。特にご家族がおられる方は要注意だ。これはやはり独身一人暮らしだからこそ出来たことに違いないのであって、そうでなければ、いきなりここまで極端なことをすれば離婚とか一家離散に至るモメゴトが勃発しかねない。
それでもあえてこれを書くのは、私のごとき、ずっと世間に流されるまま物欲にまみれて生きてきたへなちょこ現代人であっても、その気になればここまでモノを減らせるということ、そして、そうしたところで何の支障も不便も敗北感もなくヨユーで暮らせるという「生きた実例」を知っていただきたいがためである。
そして、ここが肝心なことなんだが、所有物は少なければ少ないほど自動的に片付けはラクになる。つまりは家事がラクになる。その先に「家事をやめる」暮らしが待っている。というか、この所有物を減らすことこそが、最も合理的で簡単で誰でもできる「家事をやめる」方法なのだ。
なので、何をどこまで減らせるかはそれぞれの事情に応じて考えるとしても、人は一体モノをどこまで減らせるのか、実例を知っておくことは決して無駄ではないと思うのである。知った上で、自分の持ち物をどうするかを考えていただければと思うのである。
というわけですっかり前置きが長くなったが、いよいよ私の「生きていくのに必要なものは実はこんなにも少なかった自慢」開始であります。
家の中の「ふきだまり」エリア
まずは、風呂と洗面台回りである。