介護家族だけど、移住した。

この連載「時をかける父と、母と」が、このたび佼成出版社から『32歳。いきなり介護がやってきた。』として書籍化されました。書籍の発売を記念して、連載のその後を前後編にわたってお伝えしていきます。

私には、認知症の父がいる。だけど、その父を東京に残し、この春、岩手に移住した。
長年暮らしていた東京都から離れ、岩手県の紫波町という町へ。

この連載でも書いてきたが、父にアルツハイマー型認知症の診断がおりたのは、父が63歳の時。外資系企業のバリバリの営業マンだった父には、50代から病気の影が忍び寄ってきていた。どう考えても様子がおかしい、病気なのかそうでないのかと、家族は約7年ほど頭を抱えていたから、その診断に、ほっと胸を撫で下ろしたくらいだった。しかしその翌年、まったく予想外なことに母ががんのステージⅣを宣告される。当時32歳の私は、目の前が真っ暗になった。

仲の良い家族で平和に育った私への、人生最大と思えるほどの試練。誰かに相談するにしても、同世代にはきっと重すぎる。日々変化する父を嫌ってしまいそうな自分も怖く、悩みを吐露できる場所を探すように、自分だけが見る場所に日記を書き始めた。その日記をnoteに発表し、このcakesでの連載を経て、そしてこの度、書籍として刊行された。

母のがん宣告を受けてから、30代独身フリーランスの私は、母を失う恐怖と同時に、この先ずっと父の介護に身を捧ぐ人生になるのだろうか? という不安に襲われた。いや、それは無理だ。直感で、答えは見えていた。自分のことを我慢して父を優先する人生を選んだら、きっといつか爆発する。そして何よりも、私が父の介護と向き合いすぎて逃れられない未来を、他ならぬ母が一番恐れていた。

母が他界した翌年、兄弟で話し合いの末、父は有料老人ホームに入所した。そして2020年、コロナ禍の緊急事態宣言下の東京。身動きも取れず、施設に入居している父との面会はできるはずもなく、父と話せる機会はリモート通話のみとなった。その後少し面会が緩和された際に許されたのは、1週間に一家族30分という限られた時間。かなりもどかしかった。

仕事面としては、元々フリーランスで得ていた仕事がコロナ禍で目減りし、収入が不安定になりつつあった頃、友人の紹介で紫波町へ出張することになった。初めて訪れた紫波町に私は惚れ込んでしまい、地域おこし協力隊として働くのはどうかというお誘いを、すっかり真に受けてしまったのだ。

施設に入所してからの父は、生活リズムも食生活も整い、体調管理をしっかりされているためかとても元気そうだった。変化があれば施設から連絡があり、たまにオンラインで通話をする。その状況であればどこにいても大きく変わらない。兄弟や親戚も東京にいるしと、とても恵まれた状況であったことも、私の移住への気持ちを後押しした。

2018年に母を亡くして以来、私はずっと、どこか悲しかった。住み慣れた家に、東京に住み続けるということは、母がいないという不在感と毎日付き合わなければいけないということでもあった。泣くほどでもないけれどぽっかりとした悲しさがつきまとっている。そこから距離を置きたかったのが、実は大きな理由だったかもしれない。

そんな中で、信頼できる友人のそばで働ける、三年間という任期つきの仕事のお誘い。そして自身の経験が、まちづくりという新しいフィールドで生かせるかもしれないという予感に、とにかくワクワクした。

父がまた、変わってゆく

私の移住した岩手県・紫波町は、とても暮らし心地のいい町だ。盛岡駅から車でも電車でも30分弱で行けるベッドタウン。駅の目の前には、役場や素晴らしい図書館、産直なども併設された複合施設があり、利便性も高いながら、車で数分行けば畑や田んぼに囲まれている。自然環境や美味しいものがすぐそばにあって、広い空と山に囲まれた景色は、本当に美しい。小さい町ながら4つも酒蔵がある酒造りの町であることも、日本酒好きの私にはたまらないことだった。


田植え体験をする小学生たち

そしてはじめて訪れたときから感じていたが、この町で出会う人はだいたい優しい。でも優しいだけじゃなく、それぞれが静かに熱い思いを燃やしていて、一人一人の思いが町を作っていると感じられた。

紫波町で出会った人たちの人間性に惹かれ、この人たちのそばで暮らしてみたい、働いてみたいと直感で思い、初めて訪れた日からちょうど3ヶ月後、私は紫波町のアパートへ引っ越してきていた。特に田舎暮らしに憧れていたわけでもない。ただ違う環境で新しい生活をしてみたかった、その中でタイミング良く出会ったのが紫波町だった。


突然、職場でお酒をいただくラッキーサプライズ

そして、移住から半年強経った。真面目な県民性と、密になりにくい環境も相まって岩手県は、感染者ゼロの日も続いている(2021年12月6日時点)。ワクチンも無事接種して、東京との行き来もしやすくなった。しかし、ここ数ヶ月の間に父が数回入退院を繰り返している。原因は、持病であるてんかんの発作。薬で抑えようとしているがなかなか効果が現れず、発作の負担と入院生活で父の体はここ数ヶ月でかなり弱ってきている。

心配が募り、私は東京との行き来を増やすことにした。書籍刊行に伴う仕事もいくつかあるため東京出張を入れ、新幹線を予約。上京期間中は極力父に会いに行こうと思っているそばから、入院。まだ病院は感染症対策で面会ができない状態なので、入院していると面会は一切できない。

新幹線を割引料金で買うためには、事前にチケットを予約したい。そう思って仕事を組んでも、結局父への面会が叶わない。行き来が増えれば当然交通費は嵩む。それを考えるともう少し金額的におさえて上京したい。高速バスは新幹線の正規料金に比べると半額以上安く、一度乗ってみたところ、感染症対策を施された新型車両は意外と乗り心地も悪くなかった。アラフォーの身には少し厳しいが、いざというときはこの方法があると知って、少し気持ちが楽になった。

当たり前だけれど、介護はこちらの都合を考慮してくれるものではない。10日先の状況が読めない。それが介護だよと改めて思う。本当ならもっと父の顔を見たい。だけどそばにいないこと、移住することを選んだのは私だ。

移住に誘われるのが1年ずれていたら、さすがにいけないと思っていたかもしれない。だけど私はもう、ここに来てしまった。


日常の中に、美しすぎる光景がいくつもある

介護は、まだこれからも続いていくし、私の人生も続いていく。今の所自分が楽しくやれそうな場所へ来られたのはいいが、この先も父の病気といかに付き合っていくのか、そのバランスや現実性も模索していくしかない。

そして待ち受ける、本格的な岩手の冬。布団から出づらくなる季節なのに、雪かきや車の雪おろしなど、冬はやることがむしろ増えるので早起きしなければいけないこの季節を、夜型人間の私が乗り越えられるか、それが直近の課題だ。

次に東京に帰る時は、父に初めて本を見せようと思う。いったい、どんな顔をするだろうか。

(後編に続く)


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第4話

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この連載について

初回を読む
時をかける父と、母と

あまのさくや

新卒で入社した企業はブラックだった。入社2年目の24歳の時、父と2人でのニューヨーク旅行。なんだか父の様子がおかしい…。父は若年性アルツハイマー型認知症だった。徐々に変わっていく父と、取り巻く家族の困惑。そんな中、今度は母に末期のがん...もっと読む

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コメント

sako650  > あまのさん書籍化おめでとうございます!これまでの連載には、境遇は違えど感ずるものが多かったので、更新嬉しいです🙏 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

Stephanie5963 志波町、木下斉さんのVoicyで取り上げられていたところだ! 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

Stephanie5963 大変な介護生活なのに、なんだか羨ましいような不思議な気持。 志波町 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

sakuhanjyo cakes記事、更新されました!連載で書かなかった、その後の話です。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite