友人からもらった着物のハギレで、ヒマに任せて「なみぬいエプロン」を制作。なみぬいで大体のものは作れることが判明
前回、たまたまぼーっと見ていた韓国歴史ドラマに、我が人生を救う大きなヒントを思いがけず頂いた顛末を描いた。今も目を閉じれば、あの宮廷を追われた王女様の質素で美しい暮らしぶりがハッキリと浮かんでくる。何もない暮らしは敗北でも惨めなことでもなく、むしろ凛としたカッコイイ生活なんじゃ……? と思わせてくれる最高のシーンであった。
そーだよ。豪華マンションから古い極小住宅へ引っ越さねばならぬことに、うじうじ怯える必要なんてないのだ。それどころか、ここは美しい暮らしへの希望を胸にワクワク一歩を踏み出すとこなんじゃ……と、一瞬にして超強気になる私。
全く人間なんて単純なもんである。
そう人生とは思い込みが9割!
それを思うと、偶然あのドラマを見ていたことが奇跡のようにありがたい。もし見ていなかったらどうなっていただろう? モノを処分すれば幸せも処分されるという「常識」を捨てられぬまま結局は何も処分できず、でも狭い家に引っ越さねばならないという現実はどうにもならず、となれば行き着く先は、モノ・モノ・モノで埋め尽くされた小部屋でのゴミ屋敷生活……? いやいやいや、リアルにありえそうすぎて怖すぎます! それを思うと、本当にイメージ作りほど重要なことがあろうか! というわけで、今回もさらにイメージ作りの話である。
究極的にどこまでモノを減らせるか
実は、私のイメージ作りは韓国ドラマで満足することなく、さらに先へと進んで行ったのであった。
だってね、確かにドラマの王女様の追放ライフは「イメージ」としては完璧。でも一つ大きな難点がありまして、と言いますのは、それはあまりにもゆるふわ、つまりは抽象的だったのだ。私がこれから迎えねばならぬ現実の生活の参考にするには、リアリティーに欠けたのである。