新型コロナウイルスはどのように体内に侵入していくのか?

新型コロナウイルスが体の中に侵入すると、何が起こるのか? チームワークを駆使し、ウイルスを撃退していく免疫細胞たち。そして免疫システムの裏をかき、数を増やそうとするウイルス…。巷にあふれる誤情報に惑わされず、正しく情報を判断するために知っておきたい免疫のキホンを、スタンフォード大学研究員の新妻耕太氏が、わかりやすく解説します。

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「どうしたら“免疫力”はあげられますか?」

この一年何度もこの質問を受けてきました。はたして免疫力をメキメキ上げてコロナに勝つ方法は存在するのでしょうか?

私はスタンフォード大学で博士研究員として働く免疫学研究者で、「抗体薬」を開発する仕事をしています。冒頭の質問はYouTube・書籍で行なっている情報発信を通じて届いたものです。パンデミックの影響もあり、免疫システムを利用していかに自分の身を守るかに、多くの人々の関心が集まっています。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉があります。今まさに私たち人類は新型コロナウイルスとの長期戦の真っ最中。自分と家族の健康を守り、この戦いに勝利してコロナ以前の日常を取り戻すためにも、私たちの敵であるウイルスと、それに対抗する己の免疫システムについて理解を深めることが大切です。

しかしながら、情報を集めようにも次から次へと耳慣れない専門用語が現れて理解できなかった、そんな経験はありませんか? ならば信頼できる専門家の意見を追おうと思っても、わかりやすく断言してくれる人は注目を集めたいだけの“自称”専門家である落とし穴も。陰謀論に振り回されないためにも、急がば回れで基礎的なエッセンスから取り入れるのが近道だと私は考えています。

本連載では「コロナ時代に最低限知っておきたい免疫の基本」をこれ以上噛み砕けないほどわかりやすく、お伝えしていきます。免疫システムとは私たちの体のセキュリティシステムです。哺乳類だけでなく、昆虫にも、魚にも、植物にだってそれぞれの免疫システムが備わっています。

命に直結するシステムだからこそ、長い歴史を経てあらゆる外敵に対応できるように複雑に進化してきました。体内に数千億個も存在する免疫細胞がお互いに情報をやり取りし、チームワークを駆使して敵を撃退する様子は、シリーズ映画さながらの壮大なものです。一方でそのシステムの裏をかき、その数を増やしていくウイルスの賢さも侮れません。本連載でお届けするウイルスと免疫の攻防に、きっと驚くことでしょう。


ウイルスとはいったいどんな存在か?

ウイルスにはものすごくたくさんの種類がいます。最近、人間に感染しうる未知のウイルスが85万種類もいる可能性が提示されたほどです。それぞれのウイルスで振る舞い方はある程度異なってくるのですが、本連載では基本的に新型コロナウイルスに的を絞って話を進めていきます。

そもそもウイルスはなぜ私たちの体に感染するのでしょうか?

ウイルスも、犬や猫などの動物、魚や植物のように自分の複製(子孫)を残そうとします。ところが、ウイルスは自己複製しようと思っても自分の力だけでは増えることができないのです。そこでウイルスは、私たちの体を構成する細胞の「ある仕組み」を使って、自らを増やそうとします。

私たちの体は約37兆個にもおよぶたくさんの種類の細胞が集まってできています。ご存じのようにこの体は精子と卵子が出会ってできるたった1個の受精卵が分裂を繰り返してできます。つまりウイルスとは対照的に細胞は「自分の力だけで増えることができる」わけです。


ウイルスとちがって細胞は自己増殖できる ©︎Kateryna Kon/Shutterstock.com

私はいつも1つ1つの細胞はまるで精密機械だと表現しています。なぜなら細胞たちは環境の変化を感じ取り、複雑な化学反応を制御して自分の役割を果たしているからです。細胞の目となり鼻となり、その複雑な反応を制御する部品となる役割をするのが、同じく多種多様に存在するタンパク質。

炊飯器と掃除機に必要な部品が異なるように、目の細胞に必要なタンパク質の品揃えと筋肉の細胞に必要なタンパク質の品揃えは異なります。タンパク質は今後何度も登場してきますので、「細胞(精密機械)の機能を支える多種多様な部品」といった感覚で頭に入れておいてくださいね。

細胞が分裂するのになくてはならない仕組みが、このタンパク質たちの生産と遺伝情報物質の複製です(遺伝情報物質はタンパク質の生産に必要な設計情報を記録しています)。ウイルスも細胞と同様にタンパク質と遺伝情報物質を持ってはいるのですが、これらを生産・複製する仕組みを持たないので自分の力では増えることができないのです。

ちなみにサイズ感覚を伝えておくと細胞の大きさは大体10μm(マイクロメートル)なのに対し、新型コロナウイルスの大きさはその100分の1の約100nm(ナノメートル)しかありません。

ここまで説明すると、もう推測がつきましたでしょうか? ウイルスは細胞の中に侵入し、細胞がタンパク質の生産と遺伝情報物質の複製をする仕組みを利用することで、細胞に自らのコピーを大量生産させてしまうのです。

細胞は英語で「cell(セル)」と言います。この単語はもともと小部屋という意味の単語でした。1665年にフックという科学者がコルクの断面を顕微鏡で観察した時、小部屋のように細かく分かれた構造を発見したことが由来です。

私たちの細胞は細胞膜で外と内にしっかりと境界が分かれていて、欲しいものを中に、いらないものを外に出すシステムが常に動いています。したがってウイルスはそんなに簡単には中には侵入できません。ではウイルスはどのようにして細胞膜を突破して、細胞の中へと侵入していくのでしょうか?


ウイルスの侵入を阻む、体の防御システム

ウイルスはまず外界から私たちの体の中に入る必要があります。新型コロナウイルスは私たちの目、鼻、口を入り口にして私たちの体に侵入してきます。この3つには、いずれも粘膜があって湿り気があるという共通点があります。じつはこれもウイルスの侵入を妨げる防御機構の1つなのです。

私たちからすれば「触れると湿っているな」程度でも、目に見えないほどの大きさであるウイルスにとってはまるで沼。お目当ての細胞にたどり着くまでは、けっこうな深さを潜らなければなりません。これに加えて、鼻と口のなかを進んでいった合流地点が喉の奥なのですが、そこには線毛(せんもう)という構造があって、微細な毛が波打って体に入ってきた病原体やゴミを外に押し流す動きをしています。この粘膜プラスうごめく線毛の妨害を乗り越えられたウイルスだけが細胞にたどり着くのです。

ちなみに冬にインフルエンザが流行するのは、この粘液によるウイルス侵入の妨害が乾燥によって弱まることが一因である、という仮説が動物実験の結果から立てられていたりもします。この難関を乗り越えて、細胞は目前となったウイルス、はたしてどのようにして細胞の中に侵入するのでしょうか。私たちの細胞には膜構造があるので、ウイルスが正面切って体当たりしても中に入ることはできません。

コロナウイルスの名前の由来をご存じでしょうか? 電子顕微鏡でコロナウイルスを観察すると球体にトゲトゲがたくさんくっついた構造をしています。このトゲトゲが王冠(コロナ)に見える、というのが由来です。このトゲトゲ構造のことをスパイクタンパク質と言います(スパイクは棘の意味、野球やサッカーの靴の裏についていますね)。新型コロナウイルスはこのスパイクタンパク質をまるで鍵のように使って、ロックがかかったドアを開けるように細胞に侵入します。


新型コロナウイルスは細胞表面にあるACE2と結合し、細胞内に侵入していく(イメージ図)  ©︎KaterynaKon/Shutterstock.com

このとき細胞側が持つ鍵穴に相当するのが、細胞表面に存在しているACE2(エースツー)と呼ばれるタンパク質です。新型コロナウイルスのスパイクタンパク質がこのACE2にぴったりと結合すると、ACE2はウイルスを細胞内部へとひきずり込むのです。

じつはこのACE2、新型コロナウイルスのために私たちが用意しているわけではありません。本来は血圧の制御に関わる仕事をしているタンパク質なのですが、状況に応じて細胞内部へ移動する能力を持っているために、ウイルスにいわば悪用されているのです。ウイルス、大変ずる賢いやつなんです...。


細胞内で増殖するウイルス

細胞の中に入ることに成功したウイルスは、ただちに自らを複製するステップに移ります。ウイルスの構成要素は大きく分けて3つで、タンパク質と、その設計情報を記録している遺伝情報物質(RNA)と、脂質でできた膜です。

ウイルスは細胞内で稼働しているシステムに割り込んで、自身のタンパク質と遺伝情報物質を大量に生産・複製して、それを細胞の膜成分を切り取ったもので包み込んで新しいウイルスをたくさん作ります。新しくできたウイルスはわらわらと細胞の外へと脱出していくのですが、この勢いがあまりに激しいと細胞膜がズタボロになって、細胞は爆発するようにして死んでしまいます。

外に出たウイルスは、また他のACE2を持っている元気な細胞へと感染し、増えて、外に出て、また新しい細胞へ入ってのサイクルを延々と繰り返すのです。こうして細胞が次々にウイルスによって滅ぼされていくことで、私たちの体調に異変が生じます。これが際限なく続いてしまえば私たちの体も滅ぼされ命を失ってしまいます。なんとかしてこの敵から体の平和を取り返さなければいけません。そこで活躍するのが次回から登場する免疫細胞たちなのです。

<今回のまとめ>
●ウイルスは自らの力だけで増えることができない
●新型コロナウイルスはスパイクタンパク質を鍵のように使って細胞内へ侵入する
●細胞の中でウイルスは増殖して外へと脱出するが、そのストレスが強いと細胞は死んでしまう

【コラム】感染のキーとなるACE2受容体

人類にとって脅威となる新しいウイルスが出現した時、対抗手段を考えるうえで最も重要な情報がそのウイルスの遺伝情報です。この情報を手に入れることができれば、過去に発見されたどのウイルスに似ているかを判断でき、過去の研究知見を生かすことができるからです。

解析の結果、2019年末から流行が始まった新型のウイルスはコロナウイルスであること、そして2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)によく似ていることが明らかとなりました。SARS原因ウイルスは、その表面にあるスパイクタンパク質を駆使し、人間の細胞表面上にあるACE2を利用して細胞内に侵入することが知られていました。このことから研究者らは新型コロナウイルスが細胞内に侵入するメカニズムをわずかな時間で突き止めたのです。

日本で多くの方が接種したワクチンはスパイクタンパク質とACE2の結合を妨害する抗体産生を誘導する薬です。一方でウイルスは増えれば増えるほど遺伝情報に変異が入ってスパイクタンパク質の構造も変化し、ACE2との結合の仕方も変わっていきます。ワクチンで誘導した抗体が新たな変異ウイルスにも効果を維持するかに研究者たちは目を見張っています。


この連載をもとにしたスマート新書が
1月4日に発売されます。
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目次
第1章 新型コロナウイルスはどのように体内に侵入していくか
第2章 新型コロナウイルスに感染した細胞は警報を発する
第3章 新型コロナウイルスと戦う免疫のスペシャリスト集団
第4章 免疫システムの裏をかく新型コロナウイルスの戦略
第5章 ウイルスを狙い撃ちする、とっておきの飛び道具
第6章 暴走する免疫細胞。免疫力の正体とは?
第7章 ワクチンという予行練習。免疫細胞は記憶する
第8章 新型コロナは全員が安全になるまで誰も安全ではない


お金のことを語るのは、なんとなくカッコ悪いかも?という世の中の風向きを、
ケロッと変えていく投資情報メディア、日興フロッギー

この連載について

コロナ時代に知っておきたい 免疫入門

新妻耕太

新型コロナウイルスが体の中に侵入すると、何が起こるのか? チームワークを駆使し、ウイルスを撃退していく免疫細胞たち。そして免疫システムの裏をかき、数を増やそうとするウイルス…。巷にあふれる誤情報に惑わされず、正しく情報を判断するために...もっと読む

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nutrition2004 Reading: #スマートニュース 7ヶ月前 replyretweetfavorite

miturugireizi #スマートニュース 7ヶ月前 replyretweetfavorite