あなたのクローゼットで眠っている、着なくなってしまった服を、その服の思い出を添えてお送りください。アトリエのセンスとスキルで思い出と一緒にリメイクをいたします。詳細や応募先は記事末をご覧ください。
spoken words projectというブランドのデザイナーをしています。
「詩の朗読」的なブランド名からか服の行間を読むような活動も始めていて、この「sauce ※」も服の思い出や記憶をリメイクでなぞる実験です。もちろん物が溢れている世の中で、物を増やさず大切にすることも志のひとつ。
※2017年にspoken words projectが始めたリサイクルを目的としたプロジェクト。いわゆる「お直し」とは一線を画し、大きな反響を呼んだ。
リメイクした服ってセンスよければかっこよくかわいい、本当に良い服になります。リメイクの方向性は、ご依頼者が男性の場合はザックリと2択に分けられます。ひとつは、その思い出を大切にセンチメンタルにデザインに反映させるやりかた。もうひとつは、その思い出に抗いさよならをするディストーションデザインにすること。
どちらにせよその思い出に愛と男気の決着をつける服にします。寂しくピアノで歌うバラードか? ほぼ全裸のミクスチャーロックか? 今回はどちらになるでしょうか。
では最初の依頼です。
飛田さんにリメイクしていただきたいのは、人生で初めて買ったスーツのジャケットです。
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20歳のころから着倒して、私服で働ける仕事に就いたこともあって、スーツが必要な場面はほとんどこれを着ていました。成人式、大学の卒業式、親友の結婚式、そして父の葬式と、人生の節目は全てこれを着用してきました。
少し父の話を書きます。僕の父はすごく厳しい人でした。特に嘘や不正義やお金に厳格で、嘘をつけば手をあげられ、周りの子が持っているゲーム機やスポーツシューズはいくら頼んでも買ってもらうことができませんでした。
父自身がどういう子どもだったのかは、ほとんど知りません。ただ、真面目とは真逆の人間だったようで、中学校を卒業してから、進学も就職もせずにぶらぶらしていたことだけは母が教えてくれました。父が興が乗ったときに話してくれた断片的な情報を繋ぎ合わせると、どうやら浅草あたりでチンピラのようなことをしていたようです。
これも推測ですが、自分がそうやって生きてしまった後悔から、子どもに厳しくあたってしまったのかもしれません。ただ、そのおかげか、僕は大学までは進学することができました。
大学時代、突然父が10万円入りの封筒を渡してきました。金に厳しい父の行動に面食らっていると、スーツを買えと言います。成人のお祝いにスーツを買ってくれると言うのです。冠婚葬祭に使えるように、「黒」のスーツを買えという条件だけがつけられました。
10万円を握りしめて新宿のデパートに行くと、松田優作が写った大きなパネルに目が止まりました。その年、TAKEO KIKUCHIというブランドが松田優作をイメージしたコレクションを展開していたのです。
当時、『野獣死すべし』を見てから松田優作にどハマリしていた僕は、レンタルビデオで片っ端から出演作を見ていたので、そこで買うことを即決。『探偵物語』をイメージしたらしき、ピークドラペルの黒のスーツで、うっすらストライプが入っているのを選んだのは、今思うと「冠婚葬祭に使えるように」と言ってきた父へのちょっとした反抗だったのかもしれません。
その半年後、早速そのスーツの出番がやってきました。父が心筋梗塞で亡くなったのです。人が死ぬと、生前の行動に意味があったかのように解釈してしまうものですが、父がこのタイミングでスーツを買ってくれたのはたまたまだし、このタイミングで死んだのは皮肉なだけで、意味なんかありません。でもやっぱり、このスーツだけは手放せなくなりました。
その後も冠婚葬祭に活躍してくれたこの薄ストライプのスーツですが、さすがに着るには型が古くなりました。引っ越すたびに、新しいクローゼットには入るものの、もう10年以上は陽の光を浴びていません。
父が死んでから、もう20年以上経ちます。父のことを思い出すことも減っていたのですが、結婚して子どもを育てるようになってから、父のことをよく考えるようになりました。僕は父のように手をあげたりはしないし、比較的好きなものを買ってあげてしまう甘い父親かもしれません。ただ、子どもを叱る時のポイントは、父に似てるかもしれないと思うときがあります。
長々なりましたが、飛田さんにこのジャケットを再び着られるようにしてほしいです。再び袖を通し、外を歩いて、自分の子どもを育てるために、もう少し父親のことを思い出してみたいと思います。よろしくお願いします。
(トオル 男性 41歳)
トオルさま
男子、スーツを着る
男性は正装をしなければいけないシーンが多いです。この習慣を身につけるきっかけとして、まずは学生服があります。しかし制服とは征服という言葉に似ていて、だれかから押し付けられるもの。その抑圧が終わった時に、自ら正装を選ぶ儀式として、成人式があるのだろうと思っています。
だから、成人とは言っても去年までは青春、お金は無い。成人式は親にスーツ(大人の正装)を買ってもらう、つまり子供として親に甘える最後の儀式でもあるのでしょう。
だから成人式は、照れくささを含んだ不思議なムードが出ますよね。
街ではもう大人、家では子供。
まぁ、1杯やれや。
こんな言葉から、父を客観的に見る感性も芽生えてくるんじゃないでしょうか。
さて、トオルさんのエピソードからのセンチメンタルデザインにする気持ちも湧きかけましたが、服は思い出だけじゃなく、工業製品としての側面が、もちろんあります。そして、このスーツを観察するに、本当に良くできている。
20年前といえば、DCブランドブーム(このスーツもDCブランドです)が終焉を迎えるギリギリの時期。 いわゆるチーマーが渋谷の街を闊歩していたころで、 紺ブレ(紺のウールのブレザー)とブーツカット(ベルボトム)、 首にはイーグルのループタイといったハイソな不良が深夜のセンター街を独占、 映画でいえば『カラーズ』のチーム認識や『アウトサイダー』の「ソッシュ」などが後押しをしたようで、渋谷は荒れ狂っていました。
あ、 DCブランドの話ですよね。国産の良い服を買うにはまだまだ丸井やパルコでDCブランドのころ。このスーツも素材縫製ともに秀逸で僕自身勉強になるレベル。父と子のセンチメンタルをすっかり忘れた僕は、 惚れ惚れとその縫い目を観察していました。
国産の誇りよ!
DCブランド熱に浮かれていたようなあの時代が蘇り、デザイン魂に火が付きました。
デザインテーマはアウターの重ね着。普段の「sauce」では傷んだ場所を直したり汚れを柄で隠すリメイクが多いですが、今回は別に1着を作って、くっつけてしまいました。
正装であるスーツにアウトドア由来の中綿のベストを合わせてしまうなんて!と20年前では考えづらかった提案は、今では街中でアウトドアギア当たり前に見かけるので、そんなに驚くことはありません。ランウエイでも多々見るコーディネートです。
とはいえ、そのコーディネートを僕が初めて見たのは、記憶が正しければ、それはアンディ・ウォーホル。
彼は60年代に「factory」というスタジオをニューヨークに作りました。そこには芸術家だけでなく、音楽家、俳優、トランスジェンダーの人たちと、本当に様々な人たちが集っていました。それを写した一枚の写真が、ずっと僕の心に残っているんです。
そのモノクロ写真に写っていたヒゲモジャでボロボロの汚れた格好をした男性。それが誰なのかはわかりませんが、この人のスーツの上にダウンベストのコーディネートがやたらかっこよかった。僕が初めて見た「アウターの重ね着」の記憶です。
今回のリメイクは、まずスーツだけをもカッコよく着れるよう傷んだ場所をケアしつつ、特殊な顔料でプリントを施しました。大胆に縫い付けたのは「s project※」のロゴです。前見頃を貫く直線が程よい緊張感です。
※spoken words projectのメンズブランド
ダウンよりもスーツに馴染むように、キルティングのベストを作りました。ジャケットをマネキンに着せて立体裁断にて仮縫いピンワーク。
その時気にしたのがスーツ全体に乗るベストの量バランス。重くはしたくなかったので小さめに軽く。元々のデザインが重ね着デザインだったかのように。
見所は横からのルックス。スーツで姿勢良く見える背中からお尻にかけてのシルエットに、ベストのヘムラインが作る段差のシルエットがかっこいいのです。
これで足元はカラフルなスニーカーを合わせると凄くいいですね。
ベストの着脱はフロントとサイドについたボタンで。ベストを取った時もこのボタンがスーツにアクセントとなります。ベストのフロントの「6」はsauce6(6回目)のナンバリングです。
このベスト、素材のキルティングは我々spoken words projectのオリジナル。リバーシブル仕様でA面はナイロンの普通なアウトドア素材ですが、B面は花のドローイングがプリントされていて、B面を表に着れば男に花です。
唇に歌、 瞳に涙。大人になるということは花も歌も涙も、 そんなおセンチなものは忘れることだったはず。 僕らは大人になれなかったのか?
オーケー、 トオルさんも今や四十の子持ち。子はこれから花も歌も涙も知るのです。花も歌も涙も持っている父は子にとって、 素敵な憧れの大人として映るでしょう。僕も父、共感します。
そんな話とともにできあがったスーツを見やれば、なんだかサイコーにかっこいい父ちゃん像が浮かんできました。
父から買ってもらった男子のスーツ。
男子スーツを着る。
トオルさん、 街で会いましょう。
sauce募集要項
「服を作らず思い出を作ります」
spoken words projectによるリサイクルを目的としたプロジェクトです。あなたのクローゼットで眠っている、着なくなってしまった服を、アトリエのセンスとスキルでリメイクをいたします。いわゆる「お直し」ではないリメイクを目指し、作品となるように作ります。
※洋服の種類や素材に応じてリメイク費用がかかります。下記の【リメイク費用】を必ずご確認ください。
【条件】
・デザインはspoken words projectに一任していただきます。
・技法や素材の具体的な希望はお聞きすることはできますが、指定はできません。
・どうしても嫌なリメイクがある場合は事前にお知らせください。
・完成までの日数はそのアイテムによってかわります。
・企画の特性上、お気に召さない場合でも、返品やクレームは受けることができません。
・作品としてそのお洋服のレンタルをお願いをする場合もございます。
【リメイク費用】
ご応募いただいた洋服の写真をもとに個別にお見積りを出させていただきますが、下記を目安になさってください。
▼¥8,000(税別)
トレーナーやパーカーなどのスウェット類、 キャミソールやTシャツなどのカットソー類、トートバッグやストールなどの小物類など。
▼¥15,000(税別)
裏地なしのコートや裏地なしのガウン、 裏地なしのワンピース、 ウールのニットやセーター、 ボタンダウンシャツやブラウス。 デニムのジャケットやパンツなど。春夏の裏地無しの服。
▼¥25,000(税別)
裏地付きのコートや裏地付きのテーラードジャケット、 裏地付きのワンピース、 厚手のブルゾンやレザージャケットなど。 秋冬物裏地付きの服。【ご応募方法】
以下のURLから、「服の写真」「その服にまつわる思い出」「メールアドレス」などをご入力ください。
※入力にはGoogleアカウントが必要となります。お持ちでない方はアカウント取得後にご応募ください。Googleアカウント作成が難しい場合は、件名を「cakes連載sauce応募希望」として、ニックネームを記載のうえinfo@note.jp宛にメールをお送りください。https://forms.gle/K7uaWeTLgwtmuPXw9
採用された方には、cakes編集部からご連絡さしあげます(ご応募くださった方全員への、採用/不採用の連絡はいたしておりませんのでご了承ください)。
リメイク費のお見積に同意いただきましたら、リメイク開始となります。完成後、cakes上に記事として公開させていただきます。
皆様の大切な一着になるよう、心を込めて作ります。
spoken words project 飛田正浩