〖姫君、これにて真の幸福を手に入れたり?〗
ベルリンの地を踏んで二年が過ぎ、
戸籍を取り寄せられないので日本国籍のままでの入籍となった。公使館に相談することには抵抗があったのだ。小さな教会での簡単な挙式に出席してくれた
「魔法の帳面ですの。細田豊子の物語をお書きになって。そうすればあなたの人生はそのとおりに動いていきましてよ。それこそが私が読みたくて
豊子は興味を引かれた。とはいえ主人公の名を「細田豊子」にするのは気恥ずかしい。そうだ「サヨ」にしよう。夢のなかで天女に呼ばれたあの名前で書いてみよう。
海を渡ったサヨは、異国の王子様を見初めて求婚しました。結婚したふたりは小さなお城で慎ましやかに暮らし始めました。年老いた女王様も一緒です。
あたたかい料理を用意して伴侶の帰りを待つ、美しく心やさしい王子様。そしてサヨは思う存分に仕事をして、お城を支えるのです。
豊子が書斎で集中したいときは、エリクは家事一切を引き受けてくれる。
「ロンドンの大舞台にだって立てる女優がいたんだ。見初められて玉の輿に乗ったけど女優人生は終わりさ。本人がそれで納得してるならいいけど、才能ある女の人は活躍を続けて評価されるべきだし、それを応援するのが男の責任だと思うんだ」
そう話すエリクは毎朝の出勤前に心をこめてコーヒーを淹れてくれる。
サヨはお城の壁を塗り替えようと思いました。
この地区になじんだ豊子は結婚後も集合住宅に住み続けている。とはいえ壁の
「ご主人の許可は得ておられますか?」
自分の収入を自分の口座から下ろすのになぜ夫の許可が必要なのかと尋ねると、妻の収入でも夫婦の共有財産とみなされ、夫の管理下に置かれるからだと言われた。法的庇護者がいない場合を除き、女性が一定額以上を払い出すときは男性親族の許可が必要なのだと。
「あなたは細田豊子からトヨコ・フォーゲルになったのですから」と行員は言った。
お城の壁はすっかり直り、女王様も喜びました。サヨは亡き母にできなかったことを女王様にしてあげたいと考えています。女王様は「私を母同然に思ってくれるだけで嬉しい」と言いました。それを聞いた王子様は「君を必ず幸せにします」とサヨを抱きしめました。
豊子の収入を管理するエリクは豊子が良いものを書けるようにと上質な肉の塊を買い、母親には行商人から不老不死の薬を買った。食べきれないほどの肉もまやかしの薬も買ってはいけないと豊子は諭すが、エリクはそれが家族を幸せにすることだと信じている。
お城には長い冬を乗り切れるだけの食糧がありました。けれども王子様は「こんなにあるのだから」と食べ尽くしてしまいました。収穫の季節はまだ先です。途方に暮れる王子様と女王様に留守番を頼み、サヨは食糧の調達に出かけました。サヨは剣よりも強い武器を持っているのです。
残高の底が見えてくると銀行は払い出しを止めた。次の
豊子はベルリンの低俗雑誌に売文を始めた。『
そんな豊子にエリクは肉料理や白パンを用意し、芳醇なコーヒーを運び、仕事を辞めた。
「俺が辞めても劇場は困らないけど、豊子の仕事は多くの人に求められてるんだ。家のことは俺が全部やるから、トヨコは仕事のことだけ考えてくれればいいから」
──男同等に活躍して認められたいとの悲願が叶えられて、本望であろう?
期待に満ちたエリクの眼差しから、あの「大きな目玉」の