静は下女に銭を渡して
「義子どの、
浴用の
「それが武人の女人としての次の務めなら」
河越家の酒盛りの声は、離れの湯殿にまで聞こえてくる。
「義子どの、あの女人たちを妙に思わぬか? 男に人生を捧げる女人は数多見てきたが、あの者たちは常軌を逸しておるぞ」
「それが平家の女人なのでしょう。戦の世にあって、なおも源氏物語の世界を生きているのです。
「わらわは源氏物語は数帖しか読んでおらぬが、登場する女人には表情があったぞ。だがあの平家の女人には表情どころか顔がない。皆が同じ能面でもかぶせられたかのように見えるのじゃ」
えっ、と義子は静を振り返る。
「静どのにもそう見えるの? 私には、都の女人や捕縛された
「わらわは、どのような消え方をしたのじゃ?」
「いつの間にかいなくなっていたの。自分の役目は終わったとでもいうように」
「わらわは別れも告げずに去ることはせぬ。そのように去られることも嫌いじゃ」
義子の肩にかかる髪をのけようとした静は、手を止めた。
「わらわと同じ場所に、あざがあるのだな」
背中に矢傷のようなあざ、首には刀傷のようなあざ。生まれつきのものだ。
格子窓から月が見える。紫式部やかぐや姫も同じ月を見ていたのだろう。
「自分が今、何かの物語のなかにいるだけなら、どれほどよいかと思います。すべての女人を連れて物語の外へと飛び出すことができたなら」
いつだったか遠い昔にも、こういう感覚に囚われたことがある気がする。
「飛び出した先には何があるのじゃ」
「男が動かす世とは違う世が。男の戦で傷つけられたり涙したりする女人がいない世です」
「この世が男の書いた物語であったなら、物語中の女人はどのように描かれるだろうか」
唐突な問いかけに戸惑ったものの、義子は想像してみる。
「異国の、男が書いた戦記物を読むと、男の理想に
「ゆえに
「静どのの考え方は面白いけれど、
「母御は退場させられたのじゃ。物語上の役目を終え、もう登場する場面はないと」
「そういう突飛な解釈は始めればきりがありません。亡き清盛どのに翻弄された
「それ以外に何の理由がある? あの三人は清盛どのの身勝手さを知らしめるために登場しただけぞ。その役目が終わったゆえ退場させられた。寵愛を奪いあった女人が皆で仲良く尼になって同じ屋根の下で隠遁生活を送るなど、不自然でしかない。だが女人の心に疎い男であれば、それを不自然とは思わぬ。役目が終わった女人は出家という形で退場させてしまえというわけじゃ」
静は持論を続ける。頼朝の正妻政子が「屋敷に住んでいるが前々から姿が見えない」のは、女丈夫が物語の表舞台に登場すると頼朝の存在が
「ならば一旦削除された静どのが再び物語に戻ってきた理由は、どう説明するのです?」