「
好物の鮎の塩焼きをかじりながら、静は得意満面で切り出した。
「ひとりだけ生かしておいたぞ。ならず者は女
噂の正体は静だったのかと義子は困惑する。野盗になりたくてなった者ばかりではないからだ。
「民がそなたのことをさよ
「都で暮らしていた頃の幼名なの」
「さよ、か。なぜか、わらわを懐かしい思いにさせる。さよどのと呼んでもかまわぬか?」
「いえ、義子と呼んでくだされ。私は武人ですから」
「ではそういたそう」
静は寂しそうに
「静どのは、いつから
「いつからかのう。
「まるで真逆ね。私は、武家の娘なのだからと弓矢を押しつけられるたびに、書を読みたいと泣いたの。矢が上達するまでは書はお預けだと言われ、泣き泣き修練したわ」
「義子どのは書の知識が豊かじゃ。ということは矢の腕前も相当なものになったのであろう?」
「
「そのようなことに耐えるとは、よほど書が読みたかったのだな」
「物語作者になりたかったの。子どもの頃に出会った竹取物語に影響されて」
「わらわも竹取物語は好きじゃ。月の使者が帝の兵を皆殺しにする場面が実に愉快じゃ」
「皆殺しになどしません、眠らせるだけよ。いずれにせよ今の世は物語など必要としなくなってしまったわ。とりわけ
義子は箸を置き、
いつだったか、こうして友と語りながら月を仰ぐ夜があった気がする。静も月を仰いだ。
「義子どのと月を眺めていると、なぜか懐かしい思いに包まれる」
「静どの、もう突然消えたりしないでくださいね」
「また奇妙なことを言う。そなたこそ、なぜわらわを見失ったのじゃ?」
やがて静はあくびをして横になり、太刀を抱えて寝息を立て始めた。
義子はその夜、小さな仏を彫り終えた。一ノ谷での戦死者への祈りを込めたものである。静に丹波国の寺を訪ねてもらい、供養奉納するのだ。合戦前に託した女こどもの現況も知りたいし、母への
──
老住職は女人ばかりが神隠しにあっていると話していた。静もあのとき、神隠しにあったかのように消えた。なのになぜ静は、戻ってくることができたのだろう。