時刻が訪れ、帝の姿が
皇后と皇太后を両脇に座らせた帝は、姫君たちを見渡しているらしい。帝からは姫君たちの姿が見えるのだろうが、姫君たちからは、帝のおぼろげな輪郭しか見えない。
帝が侍従に、なにやら尋ねる。侍従は首を横に振り、なにやら答える。幼なじみである
「まずは
女房を従えた姫君は御簾の前へと進み出る。女房が琴の準備を終え、姫君が絃に指を置くと周囲の空気が張りつめた。何があろうと、自分が一族の血統を正しいものにしてみせる──その気迫は、庭の小鳥たちをも静まらせた。
姫君の奏でる「
「
慎ましやかに語る姫君を、同伴の女房が誇らしげに見守る。
「まことに感心な姫君じゃ。二百日の寺籠もりに耐えたそなたに、御仏も褒美を与えずにはいられなかったのであろう。では、帝に捧げる和歌をお詠みなさい」
皇太后に促された姫君は、女房たちに筆と紙を用意させると、流れるような仮名でしたためて侍従に渡し、御簾の向こうに届けさせた。
〈いたづらに みはなしつとも たまのえを たおらでさらに まいらざらまし〉
(我が身が死んでしまっても、蓬莱山の玉の枝を手に入れないまま帝のもとをお訪ねすることなど、決してございませんでした)
姫君は品良く視線を落として、帝の返歌を待つ。やがて帝は「次の姫君を」と御簾ごしに言葉を発した。
車持の姫君は和歌を無視された理由が理解できず、御簾を食い入るように見る。だが侍従に「お
入れ替わりに進み出たのは、右大臣家の裕福な姫君である。車持家の女房とすれ違うとき、包み方が不十分な琴に視線を向けた姫君は息を呑んだ。あれは私の琴だ! 七色に輝く
「右大臣の姫君、帝の御前へ」
裕福な姫君は父親の助けを求め、壁際を見やる。だが琴の一件を知らない父親は、姫君のはしたない振る舞いを視線でたしなめるばかりだった。
付き添いの女房が琴を準備するが、御簾の前に座った姫君はそわそわするばかり。皇太后に琴の銘を尋ねられていることにも、女房に小声で言われるまで気がつかずにいた。
「蓬萊山の天女のものでございます……」
皇太后と皇后は「先の姫君と同じ琴とな? 世にふたつとないと聞くが」と不思議がり、「とにかく弾いてみられよ」と促した。姫君が
車持家の琴と右大臣家の琴の、いずれが本物か偽物かと、皇太后と皇后は討論を始める。女官や侍従たちも討論を始め、何が起きているのかと
「血筋だけで足りず、琴まで本物と偽ろうとなさるか! 恥を知られよ!」
すると車持家の女房が御簾のそばへと駆け寄り、ひれ伏した。
「右大臣殿にたぶらかされてはなりませぬ、我が姫さまの琴こそ、御仏に誓って本物でございます!」
「こやつ、下賤の身でなんたる無礼!」
皇太后と皇后は帝の判断に委ねることにした。帝は侍従に命じて両者の琴を庭に並べさせると、火を付けさせた。決して燃えないはずの天女の琴は、両方ともまたたくまに火の粉をあげて
指名された気弱な姫君は、同伴の女房に促され、御簾の前へと進む。顔を真っ赤にした右大臣と、表情の硬い車持家の女房は、すごすごと退がるしかなかった。
「さあ、帝に琴をお聞かせなさいませ」
気弱な姫君は震える指で爪弾き始めた。弾き間違えることのない単純な調子。屏風のなかから睨みつけてくる昇龍が、浮かんでは消える。逃れたい、いっそこのまま消えてしまいたいと、そればかり考えながら絃を弾いているうちに、手が止まっていた。