【姫君その二 自信家の姫君のある日】
硯箱を用意させた
「なにゆえ藤色の薄様なのじゃ!」
「藤は、繁栄を願う縁起のよい花でございます」
「
「け、けれども、刈安の時期は終わっており、お歌に
「帝のお好みは、私がよう存じあげておる!」
この姫君の父は帝と同じ曽祖父を持つ。
この姫君に与えられたお題は、仏の
帝は音楽に一家言あるので、姫君が既存の譜面をなぞれば気づくかもしれない。だが石作の姫君がすることなら許してくれる。帝に捧げる和歌だって、そう。古今和歌集や万葉集を引用しているので、宮中の生意気な
「それで、他の姫らの様子はどうじゃ」
「右大臣の屋敷には商団が出入りしております。唐や
「ふん、琴が泣くわ。では、
「尼寺に籠もり、心願成就を祈念しております」
「父上と同じ皇子でも、車持は庶子の血筋。ふふふ、苦しかろうのう」
「さらに大納言は気の早いことに、屋敷の大修繕を始めたご様子でございます」
「厚かましい武人あがりめ! あんな取り柄のない娘が、后に選ばれるとでも思うたか」
別の女房が「ところで、面白い噂を耳にしました」と小声で切りだした。
「中納言の姫のことでございます。琴にも和歌にも手を付けず、怠けてばかりだとか」
「ふん、ずる賢い娘だこと。后選びに興味がないふりをすれば、帝の関心を引くことができると計算しているのじゃ」
女房たちは口元を扇で隠したまま、媚びるように忍び笑いをもらす。
「帝のお心を得られるのは姫さまだけにございます」
「姫さまは、帝の后になられるためにお生まれになったのです」
「当然じゃ。ほほほ」
そのとき、使用人の女が簾ごしに姫君に声をかけてきた。
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