「3年前の今日を振り返ってみましょう」とGoogleフォトが思い出の写真をiPhoneの画面いっぱいに表示してくる。
街で見かけた変な看板とか可愛い動物とか、無難なものであれば問題はない。でも、この「思い出」機能は、懐かしい思い出を記憶の底から呼び覚ましてくれる一方、黒歴史を突然掘り起こしてくる場合がある。だから、通知が来ても無視したほうが吉なのだが、うっかりタップしてしまった。
「3年前の今日」で表示されたのは、スタジオコーストで週末に開かれるクラブイベント、ageHaで遊んでいる写真だった。
「思い出」の写真によると、この日のフロアはかなり混雑していたらしく、ブレた写真がいくつかあった。多分、私はレッドブルとアルコールを混ぜた甘い飲み物をかっこんで、歓声を上げたり、合唱したりして夜を明かしていたのだろう。一緒に行った友人は、深夜3時ぐらいに帰宅していたけど、私は1人残って始発で帰った。
クラブというとチャラチャラしたイメージもあるけれど、スタジオコーストの最寄である新木場駅はコンビニと牛丼屋があるぐらいで、ほかには工場しかない。閑散とした駅前を見ると、音楽を聴くのに特化している場所のようにも思える。ライブをするアーティスト名が掲げられる看板が名物で、入口の前で写真を撮っては高揚感でいっぱいになった。深夜には渋谷行きのシャトルバスが出ているものの、ミラーボールの下でイチャイチャしたところで、バスに乗ってる20分間で浮ついた気持ちも冷めそうだ。私の場合、実家が近いこともあり、渋谷や六本木のクラブとは全く違う、妙な親しみを感じる場所でもある。
偶然だな、と思う。
この日、私は3年前と同じ場所にいた。スタジオコーストで開かれるライブを見にきたのだ。
いつもと違うスタジオコースト
開場16時半、開演17時半。きっと20時までには撤収が完了している。コロナ禍でのタイムスケジュールなのだろう。まだ日があるうちに歩く道は新鮮だった。
ドリンクバーに行くと、烏龍茶にオレンジジュース、ミネラルウォーターといったソフトドリンクが並ぶ。レッドブルで割ったお酒なんて影も形もなかった。いつもと違うラインナップに、拍子抜けしながら烏龍茶をもらう。
重い扉を開くと、ムワッとしたライブハウスの空気に包まれた。ライブが始まる前のソワソワしたスタンディング席は、一人ひとりの距離が十分に保たれている。
17時半になると客席は真っ暗になり、スポットライトがステージを照らす。スタジオコースト名物のミラーボールはキラキラと発光し、視界を彩った。ギターにバスドラム、ベース……何層にも重なった爆音が耳を包んだ。
曲が終わると、歓声ではなく拍手で会場がいっぱいになる。コロナ禍での新しい決まりごとは、思いのほか違和感なく受け入れられた。
ステージはやけに明るくて、靄がかって見える。手に持ったプラカップは、いつのまにか結露でびっしょりになっていた。
ライブハウスに来る度に、飲み物で片手がふさがって不便だったことを思い出す。もみくちゃになるときはプラカップはどうしていたのだろう。ドリンクカウンターの前で一気に飲み干すわけはないし、混雑したフロアでちびちび飲むのは不可能に近い。邪魔だなと思いながら、空になったプラカップを握りしめて佇んでいたに違いない。
改めてステージに目をやると、観客の頭が影絵みたいに視界の隅っこを遮っていた。黒い影は、それぞれのペースでゆらゆら揺れている。私は背が低いので、スタンディング席のときはいつも苦労していた。少しでも気を抜くと観客の頭しか見えなくなってしまうのだ。
とはいえ、コロナ禍のライブは人数制限していることもあり、この日は背伸びをせずともステージがよく見えた。むしろ、いつも視界を遮ってくる黒い頭たちに愛おしさすら感じていた。
この人たちは、自分と同じようにライブを見て、心を震わせている。そう思うと、1年以上続いている自粛生活で芽生えた孤独感が薄らいでいくような気がするのだ。
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